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一度は夢を絶たれた…障害者アート展で多くの賞を受賞する障害者アーティスト竹ちょさんインタビュー

  • 最終更新日:
竹ちょアイキャッチ

一般就労の難しい障害や難病のある方が、雇用契約を結んだ上で一定の支援がある職場で働くサービスであるA型事業所。

 

今回は、そのA型事業所に勤めながら好きなイラスト活動で活躍している竹ちょさんにインタビューをさせていただきました。

 

障害で苦労しながら活動し、様々な賞を取られている経緯なども聞かせてもらいたいと思います。

 

ジュン
一度夢を絶たれたイラスト制作。なぜそれを実現できたのか?

 

竹ちょさんのエピソードにも迫ってみました。

竹ちょ

竹ちょ

 

ジュン
まずは竹ちょさんのプロフィールについてご質問させていただきます。

 

竹ちょ
私は1976年、栃木県佐野市で生まれて、現在は栃木県栃木市に在住している45歳男性。

 

障害者アーティスト兼就労継続支援A型事業所を利用しているパート従業員です。

 

幼い頃から絵を描くのが大好きで、小学生の時はマンガイラストクラブとコーラス部、中学生の時は美術部に所属して、世界児童画展や下野教育美術展、栃木市教育祭ポスターなどを受賞しました。

 

ジュン
イラストを拝見させていただいていますが、本当に鮮やかでかわいらしいイラストですね。

 

小さな頃からイラストが好きだったとのことで、積み重ねを感じます。

 

竹ちょ
中学生の時に、自宅が火災で全焼して被災して、現在の住居に転居したんです。

 

高校生の時は、私立高校の美術デザイン科に在籍していたものの、高校3年の時に中退、その後別の通信制高校へ編入学して卒業しました。

 

通信制高校を卒業した後は製造業の会社に就職して、勤務しながら少年誌やアニメ雑誌の読者ページへイラスト投稿を続けていたんですよね。

 

2003年・2005年・2011年に週刊少年チャンピオンの読者投稿レースで3回優勝しました。

 

ジュン
色々大変な出来事がある中、しっかりとアーティスト活動をなされていたんですね。

 

2016年に発達障害と診断される

竹ちょ
2000年に母が病気で他界。2014年に父がうっ血性心不全を患って1か月半入院。

 

2015年に19年間勤務を続けていた会社が廃業して失業しました。

 

別の製造業の会社へ再就職するものの2か月で退職してうつ病を患い、2016年にメンタルクリニックを受診して発達障害と診断されて、精神障害者保健福祉手帳2級を取得しました。

 

ジュン
発達障害とご家庭でのご都合など、かなりご苦労されたと見受けられます。

 

竹ちょ
アニメ雑誌の読者ページへのイラスト投稿はその後も続けて、2016年・2017年・2019年・2020年・2021年に月刊アニメージュの読者イラストコンテストで5回1等賞を受賞しました。

 

また2018年に、月刊アニメディアの読者ページで第169代殿堂人になり、月刊アニメディア2018年12月号の読者ページ「アニメアイ」に、私が依頼を受けて描いた扉絵が掲載されました。

 

ジュン
その大変な中、アーティスト活動はしっかり続けられていたのですね。

 

障害者アートで多くの賞を受賞

竹ちょ
2017年から、現在の就労継続支援A型事業所で勤務しています。2018年に私が胆石症による急性胆管炎・胆のう炎を患って4回入退院を繰り返し、胆のう摘出手術を受けて無事快復できました。

 

2019年から、就労継続支援A型事業所での障がい者アートの創作活動を開始。

 

2020年にSOMPOパラリンアートカップ2019で、損保ジャパン日本興亜賞・栃木県賞を受賞して、宇都宮市の損保ジャパン日本興亜・栃木支店での受賞式へ出席して、下野新聞に掲載されました。

 

下野新聞

下野新聞 入賞記事

 

サッカー

SOMPOパラリンアートカップ2019 損保ジャパン日本興亜賞(栃木県賞) 「太陽が味方!」

 

竹ちょ
2021年にネットスクウェア×障がい者アート協会による年賀状デザインコンテストで入選しました。

 

寅年年賀状

ネットスクウェア×障がい者アート協会 入賞作品

 

 

竹ちょ
現在は、栃木県栃木市内の就労継続支援A型事業所へ通勤しています。

 

私が持参したタブレットパソコンを使って障害者アートのイラストコンペへの応募や、障がい者アート協会「アートの輪」へのイラスト出品、事業所の支援員を通じてクライアントから依頼されたイラストの制作を続けています。

 

また趣味でSNSを通じてアニメや漫画作品のファンアートを投稿したり、アニメ雑誌の読者ページへイラスト投稿を続けています。

 

岩下の新生姜の大ファンで、岩下の新生姜ミュージアムに2017年と2018年に寄贈した私のイラストが展示されています。

新生姜イラスト

岩下の新生姜ミュージアム寄稿作品

 

竹ちょさんの発達障害について

ジュン
竹ちょさんの障害についてお聞かせください。

 

竹ちょ
私は発達障害のADHD(注意欠如・多動性障害)を持っていて、精神障害者保健福祉手帳2級を所持しています。

 

小中学生の頃は、よく忘れ物を繰り返したり、同級生と待ち合わせの約束をしたことをうっかり忘れたりしていました。

 

ジュン
私も46歳で発達障害と診断されたので、気持ちがわかります。

 

竹ちょ
高校生の時は、電車内や学校内で他の学生から

 

  • 目つきが悪い
  • 顔がにやけている
  • 怖い

 

と言われ続けていました。

 

容姿を気にするあまり目を細めたり、目を合わせない様に下をうつむき続けていたら、今度は教師たちから「ニヤニヤするんじゃない!」と注意されてひどくなっちゃいまして。

 

当時の担任教師から国立病院の精神科への通院を勧められました。

 

ジュン
そのような辛い経験をなさっていたのですね。

 

竹ちょ
でも当時は発達障害がよく認知されていなくて、医師から「起立性調節障害」と診断されただけだったんです。

 

服薬とカウンセリングを受けながら通学を続けていましたが、眠気が強いなど薬の副作用が強かったり、なかなかクラスの同級生たちとなじめずに孤立してしまいまして。

 

ジュン
特に理解がない環境だと、発達障害があると生きづらさをいろんなところで抱えてしまいますよね。

 

医師とケンカし通院をやめた過去

竹ちょ
苦しさのあまり医師とケンカしてしまい、通院をやめてしまったんです。

 

電車内や学校内での私へのかげ口も止まず、不登校を繰り返す様になり、高校3年の時に中退しました。

 

ジュン
発達障害という言葉は、たしかにここ最近少しずつ認知されている印象ですね。

 

竹ちょさんの学生時代当時ですと、発達障害という言葉もほとんど浸透なされていなかったと思います。

 

竹ちょ
その後製造工場で働きましたが、注文書を読み間違えて指定されたものとは違う製品を作ってしまったり、機械の操作中に電流の値の入力を間違えて不良品を出したり、ケアレスミスを繰り返していたり。

 

再就職した別の製造工場でも、機械の操作がなかなか覚えられなくて、上司から「他の人よりも覚えるのが遅い」と指摘されて、わずか2か月で追い払われる様に退職しました。

 

ジュン
これと同じような悩みを持たれる発達障害の方は確かに多いですね。

 

竹ちょ
再就職先の工場で上司からパワハラを受けてうつ病になってしまいました。

 

当時相談していた栃木市社会福祉協議会の支援員さんからの勧めで、2016年にメンタルクリニックを受診しました。

 

大人の発達障害を知る

竹ちょ
その頃私は、ネットで大人の発達障害に関する報道を目にする様になり、検索して見つけた製薬会社による大人の発達障害に関する特設サイトを読んで、初めて大人の発達障害を知る様になったんです。

 

自分にも思い当たる所があると感じたんですよね。

 

ジュン
その頃から「大人の発達障害」というワードも多く目にするようになってきましたね。

 

竹ちょ
そこで医師に「私は発達障害じゃないか」と申告して検査を受けたら、39歳でADHDと診断されて、精神障害者保健福祉手帳2級を取得しました。

 

そしてハローワークの勧めで、現在勤めている就労継続支援A型事業所へ就職して、現在も働きながら通院を続けています。

 

ジュン
今、ネットで発達障害の情報がたくさんでておりますが、その情報がないと自分が発達障害だと気づけない方は多そうですね。

 

竹ちょ
発達障害と診断される前は、子供の頃からからかわれ続けてきたことや、周りの人達と違うことについて、強い劣等感に悩まされ続けて、自分自身を責め続けていました。

 

でも発達障害と診断された後は、自分の特性を知ることで自分自身の頑張りが足りないことが原因じゃないんだと安堵して、心が救われました。

 

ジュン
障害だと分からないと、たしかにずっと自分を責め続けてしまう部分は大きいですね。

 

そこはやはり発達障害だと分かった事が助けになったのがよろしかったと思います。

障害者就労事業所での活動

ジュン
A型事業所では主にどのようなお仕事をなされているのですか?

 

竹ちょ
就労継続支援A型事業所での創作活動は、私がイラストを描くことが得意なことを知った支援員さんに勧められて、2019年から続けています。

 

私が持参したタブレットパソコンを使って、

 

  • 障害者アートのイラストコンペへの応募や
  • 障がい者アート協会「アートの輪」やパラリンアートのサイトへのイラスト出品
  • 事業所の支援員さんを通じてクライアントから依頼されたイラストの制作

 

を続けています。

 

ジュン
A型事業所では主に軽作業が中心とお聞きしましたが、竹ちょさんの場合は特技を認められて、それを活かされて活動をなされていると。

 

作業所にもよるかと思いますが、やはり何か出来る事があるのは強味ですね。

 

竹ちょ
障がい者アート協会「アートの輪」やパラリンアートのサイトへのイラスト出品活動には、

 

  • キャラクター
  • 風景画
  • ファンタジー画
  • 動物

 

を主に描いてサイトへ出品して公開しています。

 

ジュン
作品を色々見させていただいていますが、本当に多種多様なジャンルを描きわけられいてすごいと思います。

 

これだけ描けるのにはやはり好きという力と、日ごろの練習の成果が出ているのだなと

 

竹ちょ
事業所の支援員さんを通じてクライアントから制作を依頼されたお仕事については、

 

  • 線香の箱のパッケージデザイン
  • 水道組合の会議資料に使われる「水を大切に」のイラスト
  • いちごの擬人化キャラクターデザイン
  • ドライブレコーダー搭載車や赤ちゃん乗車中の車に貼るステッカーのデザイン
  • 栃木市の人形山車

 

などのイラスト制作依頼の実績があります。

 

ステッカー

就労継続支援A型事業所依頼 車用ステッカー

建物

就労継続支援A型事業所 作業時イラスト

 

イラスト活動について

ジュン
イラストがとにかく好きで、色々描いていらっしゃる事がとても伝わってきます。

 

お仕事以外でも色々描かれているのですか?

 

竹ちょ
私のお仕事以外のイラスト制作活動については、自己紹介でも述べましたが、私は子供の頃からイラストを描くのが大好きです。

 

それは自分の気持ちや夢、希望や願いを誰にも束縛されずに絵で自由に表現できるからです。

 

そんな中、私が私立高校の美術デザイン科でカレーライスの雑誌広告を描く授業を受けている時に、美術デザイン科長を務めていた教師から言われた一言が忘れられません。

 

「カレーに旗は立てないぞ」

 

私はカレーライスのご飯に旗を立てて、明るくて楽しい雰囲気を演出して描いていましたが、この教師の一言を受けて、まるで私自身を全否定されたみたいでショッキングでした。

 

それは私が高校中退する遠因にもなりました。

 

ジュン
言った当人にしてみれば、何気ない一言なのかもしれませんが、やはり否定されるのは辛いですね。

 

竹ちょ
後々考えてみれば、神奈川県横須賀市名物の海軍カレーにもご飯に旭日旗を立てますし、その教師の一方的な偏見だけで決めつけてはいけない、別にカレーライスに旗を立てたっていいじゃないかと腹立たしくなりました。

 

あの時臆病で抗えなかった私は、あれ以来、多様性を認めず一方的な差別や偏見だけで表現する自由を束縛して私自身を否定する者たちに抗い続けるために、そして自分が自分そのままであり続けられる様に、イラストを描き続けています。

 

ジュン
障害に関わらず、一歩的な考えの押しつけはよく見られますからね。

 

多様性という言葉は今溢れていますが、しっかり表現して表してこそですね。

 

竹ちょ
もちろん、ジュンさんをはじめ、私が描いたイラストをご覧頂き褒めて頂いた方々からの温かいご声援が最も励みになっているからこそ、描き続けられて、大変ありがたい限りです。

 

これからも、社会で孤立している人々を元気づけて励ますことができるイラストを、描き続けます。

 

他の障害者の方へのメッセージ

ジュン
最後に、他の障害者の方へのメッセージをお願いいたします。

 

竹ちょ
私は高校生の時に精神的に苦しんだ末に、イラスト制作に携わるお仕事に就くという夢を一度は絶たれました。

 

それでも趣味でずっとイラストを描き続けられたのは、自分だけは自分自身を見捨てたくない、自分だけは自分自身の味方であり続けたいという信念があったからだと思います。

 

ジュン
一度心が折れるとなかなか立て直すのは難しいといわれますが、そこでしっかりと自分があったからこそ今がありますね。

 

竹ちょ
失業した時、周りに味方は少なくて社会で孤立していた状態でした。

 

でも、ありったけの勇気を振り絞って地元の社会福祉協議会へSOSを出したら、様々な方々のご協力を得て、私が発達障害者であることを知ることができたんです。

 

そこから障害者就労を通じて、一度は絶たれたイラストのお仕事の夢を再び掴むことができました。

 

ジュン
障害に対する支援は知られていない部分はあります。それでもどこは助けてくれる。誰かは手を差し伸べてくれる。

 

だからこそ勇気を出してSOSを出す必要がありますね。

 

竹ちょ
夢を掴めたからといって、まだあまり実績は上げられていませんが、それでも大好きなイラストを描き続けられる幸せと喜びを感じられる。

 

自分自身を見捨てなくて良かったと感謝しています。

 

社会から取り残されて孤立している障害者の方々は少なくないと思いますが、どうか自分自身を見捨てないで、自分自身を好きでいて下さい。

 

そして私みたいに勇気を出して社会福祉協議会など周りへ助けを求めれば、必ず道は開かれるはずです。

 

ジュン
ありがとうございました。

 

インタビューを終えて

障害者アーティストとして活動を日々続けている竹ちょさん。

 

障害者だからと言って、すべてをあきらめるのではなく、自分の好きをしっかり追及して、やりたいことを目指していく。

 

イラストからもその熱意がとても伝わりますし、今回お話を聞かせていただき、辛い事は辛いとはっきり発信したうえで、やりたい事をしっかりと伝えていく。それがとても大事だと感じさせられました。

 

竹ちょさんのこれからの活動応援しております。

 

竹ちょさん作品の追記

2021年受賞作品 | パラリンアートカップ  

にて日本バスケットボール選手会賞に入賞されました。おめでとうございます。

バスケット選手

パラリンアートカップ2021 日本バスケットボール選手会賞 「勝利と仲間を信じて」

 

障害者アーティストの竹ちょさん

Twitter:https://twitter.com/takecho1

ブログ:竹ちょのブログ「ぐー竹ちょきぱー日記」

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ジュン

発達障害(ADHD・ASD)と吃音を抱える40代男性。今まで発達障害の事は知らずに生きてきたが、友人の話を聞いて自分にも当てはまる事が多すぎる事を実感し、病院にて診断を受けると見事に発達障害との認定を受ける。自分に何ができるかと考えた時、趣味の写真でプロの先生に話を聞く機会があり、吃音が強く出ていたことに気がついた先生が『君は吃音持ちだね。だったら吃音の方の気持ちがわかるはず。それを活かして吃音の方の気持ちがわかるカメラマンになったらどうか』という言葉を思い出し、発達障害者として同じ気持ち、舞台に立てる人間として趣味のカメラ、動画編集技術を活かして情報発信をする事を決意。


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