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札幌のFMラジオにて発達障害や不登校の情報発信中|パーソナリティのゲルさんインタビューVOL.1

  • 最終更新日:
ゲルさんインタビュー

北海道札幌のFMラジオ局 FMアップル

 

そのFMアップルにて、毎週火曜日22時〜23時より放送されています『RADIO CONNECT 〜ラジコネ!〜』という番組があります。

 

ラジコネ!では、毎週不登校や発達障害について、当事者や支援者などの意見をまとめつつ、さまざまな視点から情報を発信されています。

 

今回は、そのラジコネ!でパーソナリティーを務められています『ゲル』さんに、番組を始めたきっかけや、伝えたい思いなどのお話を聞かせていただきました。

 

ぜひ最後まで読んでいただき、ラジオを通じて不登校や障害に対する思いを伝えるゲルさんの活動について知っていただければと思います。

ゲルさん自己紹介

ジュン
では、まず自己紹介からお願いいたします。

 

ゲル

1977年、道北の羽幌町出身。2022年1月段階で44歳。二人兄弟の長男、弟はふたつ下です。

 

ラジオネームとして使っているゲルという名前はwebで配信をしているときに使っていた名義【ゲル状の何か】からきています。長ったらしいのでゲルと呼ばれて今に至る…これ自体は命名の理由もあるのですが、それはまたいつか…

 

小学校に入る前から食玩などのプラモデル作りが大好きでした。カバヤのビッグワンガムとか…懐かしいな。

 

5〜6歳くらいの頃ですが、当時は今と違って接着剤が必須だったガンダムのプラモデルをひとりで作ったり、祖父の大工道具をおもちゃ代わりに遊ぶなど【趣味=工作】な子供でした。

 

ジュン

子どもの頃から好きだったものは、今につながるルーツになりますね。

 

ゲル

ですね、なんだかんだで自分は【手先が器用】であることを活かしていきたいと漠然と思っていたのかもしれません。今も変わらずプラモづくりは趣味です。

 

転じて自宅のちょっとした不便を解決するようなDIYも私にとっては娯楽の一つ。(実は今住んでいる家の図面は自分で書いています。その点で言えば設計も趣味?)

 

ジュン

一つの好きが、どんどん広がっていますね。好きだからこそ、色々可能性が生まれているなと感じます。

 

ゲル
こうしてお話しをしていて思い出したのですが…もともと苦手なものと言えば運動全般…小学校時代はクラスでも後ろから数えたほうが早いくらいの鈍足だったんです。

 

それなのに中学時代は陸上部に所属。顧問の先生に入部理由を尋ねられた時「足が遅いからです」と即答してました。ちなみに高校では空手部に所属。こちらも入部理由は「心身鍛えたい」でしたね。

 

今思えば「得意なことで勝負しよう!」みたいな視点は一つも無かったなあ…足りないものを補うことへの執着が強かった気がします。それはきっと、周りのみんなの普通という在り方と自分の在り方の間の距離を少しでも埋めたかったから…かも。

 

話を戻して…

 

ジュン

障害を語る時に、「普通」というワードがよく出てきますが、他人と比べて劣る部分を気にしてしまうことはありますね。

 

「普通」じゃなきゃいけないから何か行動してしまう部分は私にもあります。

 

ラジオ

発達障害特有の「好き」を活かす

ゲル

学校の授業も図工系が好きだったことや、「高校生の3年間、普通科では学べない働く力を身に着けたい」という考えから、工業高校の電気科へ進むことに。

 

そこで在学中に第二種電気工事士の資格を取ったり、自宅で家電製品が壊れたら修理したりしていたこともあり、1996年に工業高校を卒業後、家電製品の持ち込み修理センターにて修理作業全般を担当しました。

 

ジュン

モノづくりの好きからの地続きで、修理に関わった流れですね。

 

ゲル

当時は「自分は機械のお医者さんになるんだ」みたいな…「壊れてしまっても、直してまだ使いたいと思ってくれる持ち主さんの元へ、この子達を元気に直して帰してあげるんだ」という気持ちでやってたんです。

 

あ、昔から家電製品や機械…パソコンから車から、身の回りのモノのことを「この子」とか「あの子」みたいに呼んでましたね。今もそれは変わらないかな…

 

モノへの思い入れが強いみたいで、作ることも好きだし、作られたモノたちも大好きです。どんな製品も【誰かの願いを叶えるために、技術をもって生み出したもの】なので。

 

職業は変わってしまいましたが、今も身の回りの家電製品とか故障すれば直せるものは直したり、リサイクルショップでジャンク品を買ってきては修理してます。直せた時の充実感はいいものです。「うへへ、買えば高いけどジャンクだから激安だ…!」みたいな。(笑)

 

っと、脱線しました…

 

ジュン

思い入れの強さが行動の力であると同時に、誰かに何かを届けたいという気持ちが修理に関わる事であったり、さらに他の分野にも繋がる源流だなと感じます。

 

ゲル

2000年の年末でその仕事は退職し、それ以降、携わってきた大半の仕事は電気工学に関わるようなものを転々としてきました。派遣ブーム到来の頃には開発段階から製品の品質評価を担当、国内外で販売される製品たちが元気に働けるように厳しい試験を色々やったり…

 

2006年〜2007年で1年間の職業訓練校生活を経てからは、北海道全域を舞台に携帯電話などの基地局の調査・設計・施工管理…たくさんの基地局を設計したり施工したりしてきました。

 

あの子たち(基地局)が元気で稼働して、今日も誰かと誰かを繋ぐ手伝いをしている…それが自分にとっては誇りみたいなものかもです。転じて、今も電気通信工事業がメインの仕事になってます。

 

ジュン

仕事に誇りがある、好きだけでなく真面目にやってこられたからの思い入れですね。

 

副業では得意の「話す仕事」を

ゲル

実はその一方で、副業として家電量販店でメーカー説明員としてお客様の買い物のお手伝いをしてきました。

 

皆さんも聞いたことのあるような家電量販店で、電子レンジの展示コーナーの飾り付けをデザインしたのですが、それが社内コンペで表彰されたことがありまして…

 

アレを手掛けていた時もすごく楽しかったなぁ…って今でも覚えてます。

 

 

ジュン

20年以上、様々な場所や業種で活躍なさっていますね。その分色々ご苦労もあったかと思います。特に接客などの経験がラジオパーソナリティとしての力にもなったのかなと。

 

発達障害ゆえの苦悩も

ゲル

活躍…ですか…どうでしょう、自分は活躍なんて一つも出来なかったって今も思ってます。なにせ発達障害による過眠…どう見ても居眠りしてるようにしか見えない状況が頻発するから、とにかく気まずくて…

 

能率が上がらず作業が進まないために、求められる成果を挙げられない自分に腹が立つことばかり。残業してまで補わないと、普通の人の仕事量に追いつけないような息苦しさ。「みんなは普通に毎日しっかり仕事してるのに、自分はなんなんだ…」って、割と途方に暮れてました。

 

その結果、職場で頑張ってるみんなへの負い目に耐えられず退職。転職を繰り返し、履歴書の左半分を埋めるに至った…本当に『負い目の集大成』なんです。

 

ジュン

他人と比べて自分は…という感じですね。人によって出来る出来ないがある中、どうしてもできない部分に焦点が当たってしまうと辛いですね…。

 

できることに焦点を当てる

ゲル

その一方、何もかも出来ないのなら…きっともっと早くに心が折れてたよな…って思うんです。もがくように、あがくように…それでも自分が出来ることで一つでも仕事を通じて貢献したい。ここにいてもいいんだって承認されたい…みたいな感じでしょうか。

 

逃げ込むように没頭した、副業と称してのメーカー説明員の仕事。売り場に立ち、お客様に製品のことをご紹介したり悩み事を解決したり…やっぱり家電製品が大好きなんだって改めて実感する日々でした。

 

人と話す、そこにある問題を考えて、解決手段を見つけ出す…「人と製品の仲人」っていうとロマンチストが過ぎるかも?(笑)

 

ジュン

出来る事に焦点を当てて、少しでも行動をする。その中で自分を見つけられたからこそですね。

 

承認に関しては否定的な意見も見られますが、行動する上で必要な感情ですし、人との繋がりを大切にして行動なされてる姿はとても素敵だと思います。

 

ゲル

同じくらいの時期でしょうか、ボイスブログ(録音した音声を主体としたブログ)で日々気まぐれに一人語りを公開したり、そこから転じてwebでの配信…

 

当時だとニコニコ生放送で割とコンスタントにゲーム実況や雑談、大喜利企画とかやりはじめました。仕事では一つも自分に自信を持てなかった自分だけど、ここでは誰かが楽しんでくれたり、継続して聞きに来てくれたり…それがある意味では救いでした。

 

今でも救われてます。あの頃からずっと聞いてくれてるリスナーがいるから。もしもそれらがラジオパーソナリティとして活動するうえで役に立っているのなら…

 

きっとそれは自分が活かすべきものだって胸を張って言えるかも、なんて。

 

ジュン

ゲルさんの行動があったからこそ、リスナーさんなどが集まって勇気づけてくれていますね。色々苦労があったとしても、今があると。

 

 

ゲル

私は自分自身のここまでを振り返っても、あれが苦労と呼ぶようなものだったのか…正直よくわからなくて…。

 

ただ、そんな私の目から見ても当事者の方々の直面する【やりづらさ】や分かり合うことの難しさから生まれる【孤立感】は、きっと苦労という言葉では表しきれないものがあると思っています。

 

ジュン

当事者でないと分からない立場、苦しみはありますね。

 

真面目だからこその苦悩も

悩む女性

ゲル

理解してくれる人がいればいたで、その方が理解してくれてるのに…って自らを責めてしまう人もいたりして。優しい人、真面目な人ほど自分を追い詰めてしまう。よく口にするんですが「不真面目だったらうつ病になんてなれないって」って…

 

真面目だからこそ目の前の問題から逃げることもできない。真面目だからこそ目の前の問題を自分の力で何とかしようと抱えてしまう。真面目だからこそ「助けて」って言えない。

 

そうやって自らを追い詰めてしまった人のどこが不真面目で努力不足なんでしょうか…?と。

 

ジュン

真面目だから、優しいから… 他人に『迷惑』をかけることに抵抗を感じる。自分がもっと出来る人間だったらこんなに迷惑をかけないのにという思いもあるのかと。

 

ゲル

いち当事者の自分に何が出来るんだろう…繋がることすら出来ずにいる当事者…かつての自分に対して何が…もしも…そんな自分が会社を作ってこの社会で自分の在り方で貢献していくことが出来たら…

 

それを示すことで誰かの希望になれるなら…そんな立派な想いがあったかどうかはさておき「つながるべき人たちが…ものが…想いが繋がりあえるための仲人になりたい」と願い生まれたのが、合同会社コネクトです。まだ自社サイトすら作れていないのでお恥ずかしいのですが…

 

主として…

 

  • 電気通信工事に関わる業務
  • 古物商として買取販売に関わる業務
  • Webその他メディアにおける企画、コンテンツ作成、情報配信と配信者支援に関わる業務

 

こんな感じで定款を作りました。

 

今でこそラジオで5か月ほどしゃべらせていただいてますが、特にアナウンサー的な勉強とか声優コースとか行ったことはない【正真正銘のド素人】です。

 

ニコニコ大百科に名前が載ってるけど、本当にド素人なんです。

 

ジュン

想いが生んだ、繋がりが大切と感じるからこその『コネクト』ですね。色々思考錯誤されながらこのように活動されているのは本当に凄いと思います。

 

第1回インタビューを終えて

第1回目のインタビューでは、ゲルさん自身について語っていただきました。

 

ご自身が発達障害だからこその想い、繋がりたいという気持ちから生まれた『ラジコネ』という番組。

 

2回目以降のインタビューでは、その想いのつまったラジコネという番組について語っていだたいております。

 

パーソナリティのゲルさんインタビューVOL.2

 

パーソナリティのゲルさんインタビューVOL.3

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ラジオパーソナリティ ゲルさん

Twitter: RADIO CONNECT 〜ラジコネ!〜

LitLink:RADIO CONNECT ラジコネ! の活動

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久田 淳吾

発達障害(ADHD・ASD)と吃音を抱える40代男性。今まで発達障害の事は知らずに生きてきたが、友人の話を聞いて自分にも当てはまる事が多すぎる事を実感し、病院にて診断を受けると見事に発達障害との認定を受ける。自分に何ができるかと考えた時、趣味の写真でプロの先生に話を聞く機会があり、吃音が強く出ていたことに気がついた先生が『君は吃音持ちだね。だったら吃音の方の気持ちがわかるはず。それを活かして吃音の方の気持ちがわかるカメラマンになったらどうか』という言葉を思い出し、発達障害者として同じ気持ち、舞台に立てる人間として趣味のカメラ、動画編集技術を活かして情報発信をする事を決意。


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