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映画の感動を、みんなのものに|バリアフリー映像が拓く”文化へのアクセス”の未来【後編】

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青を基調にしたフィルムのデザインの中央に、 「バリアフリー映像が拓く“文化へのアクセス”の未来【後編】」という文字が静かに浮かぶ。 映画の感動をすべての人と分かち合いたいという願いが伝わるビジュアル。

 

「家族全員で映画館に行ったことがなかった」

 

お母さんだけが聴覚障害のある家族が、字幕メガネで初めて家族全員で映画を楽しめたという声がSNSで反響を呼びました。

 

後編では利用者の反響、約1,000本のアーカイブ事業、そして「感動をみんなのものに」という理念実現への展望を聞きます。

「家族全員で映画館に行けた」バリアフリーがもたらす当たり前の幸せ

赤と黒の座席が並ぶ映画館で、家族が3Dメガネをかけて真剣にスクリーンを見つめている。 ポップコーンを手に、映画の世界を楽しむ穏やかなひととき。

――育成に関しては、どのような取り組みをされていますか。

 

――川野

私たちが15年前に立ち上げた講座は、当時、障害者にとって良い字幕や音声ガイドが何かがほとんど分からない時代に始まりました。

ガイドラインを作りながら人材を養成してきた経緯があります。

 

ただ3年ほど前に、プロ養成講座は終了しました。

 

それだけ市場が広がり、専門会社も出てきたからです。

 

私たちの役目は終わったと判断し、現在は入り口となる入門講座は続けていますが、プロ養成講座は実施していません。

 

――バリアフリー意識が広がって専門会社ができたのは、良いことですね。

 

――川野

とても良いことですね。

世の中全体でバリアフリーへの意識が高まっています。

 

法的な面もありますが、そうした課題をクリアしてきた実績も私たちにはあります。

 

最終的に内閣総理大臣賞をいただいたことも、こうした経歴を認めていただけたのかなと思っています。

 

――何事も、最初に誰かがやらないと広まりませんね。

 

――川野

その通りです。

 

――映像を楽しむ方が増えていますが、特に印象に残った言葉や出来事はありますか。

 

――川野

映画館で「メガネで見る字幕ガイド」「スマホで聴く音声ガイド」が、今かなり普及してきましたが、ある家族の話が印象的でした。

 

家族全員が聴覚障害者、あるいは家族全員が視覚障害者というケースは、それほど多くありません。

あるご家庭では、お父さんと娘さんは耳が聞こえるのですが、お母さんだけが聞こえませんでした。

 

そうすると映画館に行くとき、お母さんは行かない。

もしくは行っても楽しめない。

 

家族全員で映画に行ったことがなかったというのです。

 

娘さんは小学校高学年だったかと思います。

 

字幕メガネがあることで、初めて家族全員で映画館に行って楽しめたという声が、SNSに写真入りで投稿されました。

 

これは本当にインパクトがありました。

 

家族で映画館に行けないんだと。

 

こうした声を映画業界にフィードバックしながら、活動を続けてきました。

 

――健常者にとって当たり前のことが、当たり前にできない現実があったのですね。

 

――川野

 

そうなんです。

 

――その当たり前を当たり前にすることが、バリアフリーの意義ですね。

 

――川野

先ほどおっしゃったように、生きるために映画が必要かと言われると、衣食住ではないので後回しにされがちです。

 

でも映画を観て感動し、自分の生き方を考え直すこともあります。

そういう機会も重要だと思うのです。

 

その理解が、最初はなかなか進みませんでした。

 

――生きるだけでなく、様々な希望ややりがいも必要ですね。

 

――川野

そうですね。

 

ジュン
専門会社が生まれ、プロ養成講座は役目を終えた。

それは15年の活動が実を結んだ証でした。

 

「家族全員で映画館に行けた」というSNSの写真付き投稿。

 

お母さんだけが聞こえない家族が、初めて家族全員で映画を楽しめた瞬間。

 

この「当たり前の幸せ」こそが、バリアフリーの本質なのだと実感しました。

過去の名作も、これから生まれる作品も アーカイブ事業が拓く未来

白い背景に広がるフィルムの上に、クラシックなカメラのミニチュアと「MOVIE」の文字。 映画の魅力や映像文化への期待を感じさせるシンプルな構図。

――今後、団体としてどのような活動をしていきたいとお考えですか。

 

――川野

今は「普及」が最重点課題です。

 

メガネ字幕とスマホの音声ガイドを音声に同期させる仕組みを考えて開発してきましたが、現在は開発の基となる技術を持つ会社がそれを担っています。

 

私たちは開発からは少し離れ、どちらかというと、それをどう普及させるかが今のポイントになります。

 

新しいメガネが出たら積極的に使って検証したり、メーカーに要望を出したりしています。

 

普及促進が一つ目の柱です。

 

もう一つ、冒頭でお話ししたアーカイブの話ですが、実はこれが本格的に動き出しています。

 

現在、約1,000本の映画のデータベースがあります。

 

過去にバリアフリー化された作品の作品名、字幕や音声ガイドの保存場所という情報を集約したデータベースです。

 

例えば配信会社がそこにアクセスして、「これから配信する映画のデータはここにあるんだ、じゃあもらおう」という仕組みが、ようやく始まりました。

 

まだ各社に説明している段階で、正式には来年度(2026年)の4月1日頃から本格稼働する予定ですが、業界でコンセンサスがまとまったことが大きいですね。

 

私たちの活動としては、普及の部分と、アーカイブとその利用に関するところが、今の大きなポイントになります。

 

――過去の名作も多いので、色々な作品を観てほしいですね。

 

――川野

私たちの動きはこれまで映画業界が中心でしたが、これから放送業界にも話をしていきます。

 

「映画の字幕データベースがあって、自由に使える環境ができましたよ。

 

それならテレビ局で昔作った映画の字幕があれば、このデータベースに入れてください」という相互利用の環境を作りたいと思っています。

 

――最近はYouTubeなどの動画サイトも多いので、そういうところにも広まってほしいですね。

 

――川野

特に動画配信は、まだバリアフリーへの意識が少ない面があると思います。

 

ジュン
約1,000本の映画データベース。

 

過去に制作されたバリアフリー素材が「その場限り」で消えず、配信でも放送でも使える仕組みが2026年4月から始まります。

 

映画業界から放送・配信業界へ。

相互利用のエコシステムが、ようやく動き出す。

 

アーカイブ事業の本格始動に、大きな可能性を感じました。

「感動をみんなのものに」障害者のため、ではなく、すべての人のために

緑の背景の前で、紙で作られた人型が手をつなぎ並んでいる。 つながりや支え合いを象徴する、やさしく穏やかなイメージ。

――では最後に、まずバリアフリー映像を観る方へメッセージをお願いします。

 

――川野

いろいろな方から話を聞くと、聴覚障害の方は洋画ばかり観ていて、邦画は字幕がつくか分からないから最初から視野に入れていなかったとよく聞きます。

 

今はこれだけ広まってきましたので、字幕に関してはメガネというハードルが若干ありますが、ぜひ映画館に行ってほしいですね。

 

利用者の数、ダウンロード数は明確に上がってきています。

 

視覚障害者向けの音声ガイドはかなり認知されていますが、字幕に関してはメガネのハードルがあり、まだそれほど利用が多くありません。

 

でも字幕付き上映もありますし、ぜひ映画館に行ってほしいと思います。

 

――体験しないと分からない部分は大きいですね。

 

――川野

体験が広まれば、重要性も色々な方面に広がっていくと思います。

 

――作る側に関してのメッセージはありますか。

 

映画やテレビ、最近は動画配信も増えていますが。

 

――川野

制作側は最近、自動で字幕をつける機能などが出てきて、まだ間違いも多いですが、字幕をつけることがかなり広まってきた気がします。

 

特にスマホで見るとき、字幕があった方が分かりやすいですから、当たり前になってほしいのです。

 

YouTubeにはその機能が備わっているので、必ず字幕を起こして、多少修正できるなら修正して、しっかりと字幕対応してほしいですね。

 

――字幕をつける意識を持てば、映像の広がりも増えますね。

 

――川野

そうなんです。

 

「障害者のため」というのは、もう頭から外してもらいたいのです。

 

いかに多くの方に見てもらえるか。

障害者に限らず、です。

 

私たちも業界で名称を変えました。

 

昔は「聴覚障害者用字幕」「視覚障害者用音声ガイド」と呼んでいたのを、「バリアフリー字幕」「バリアフリー音声ガイド」と呼びましょうということで、業界で統一したのです。

 

バリアがある人が使えるものなので、決して障害者に限らず、広く楽しんでもらうためにやるべきことです。

 

それを当たり前にやりましょうというのが、私たちの考え方です。

 

――バリアフリーは障害者のものというイメージがありますが、全ての人のためのバリアフリーということですね。

 

――川野

私も経験がありますが、子どもが小さいときなんて、子どもがうるさすぎてテレビの音が聞こえないじゃないですか。

あとは誰かが掃除していて掃除機の音がうるさくて音が聞こえない。

 

そのとき字幕をオンにすれば楽しめるわけです。

だから障害は関係ないのですよね。

 

プラスで若干コストはかかりますが、もう標準化としてやった方がいいというのを、ずっと言い続けてきました。

 

――MASCが目指す最終的なゴールはどこにあるのでしょうか。

 

――川野

MASCの活動は今16年目に入っていて、いろいろなことをやってきて、目標はかなり達成しています。

 

ただ私たちの最終目標、「感動をみんなのものに」というキャッチフレーズがあるのですが、これは達成しているわけではありません。

 

最近、字幕や音声ガイドを見ると、クオリティの良くないものもあるのです。

 

見ている人の視点が重要なので、作り手側にも啓蒙しなければいけないし、当事者にも見てもらわなければいけない。

 

まだまだやらなければいけないことはたくさんあります。

これからも活動を継続しますので、当事者の方には、ぜひ映画館に行ってほしいですね。

 

――見てもらって感想をいただいて、そのフィードバックが技術をアップさせるのですね。

 

――川野

そうです。

そのフィードバックが、さらに作り手側の制作意欲にもつながっていくのです。

 

――良い映像は、制作側だけでなく見る側も一緒に作るということですね。

――川野

その通りです。

 

ジュン
「聴覚障害者用字幕」から「バリアフリー字幕」への名称変更。

 

子どもがうるさい家庭、掃除機の音が聞こえる環境。

 

字幕は誰にとっても便利なもので、「障害者のため」という枠をもう外してほしいという言葉が心に残りました。

 

16年の活動で目標はかなり達成した。

 

でも「感動をみんなのものに」という最終目標は、まだ道半ば。

 

その挑戦に、これからも注目していきたいです。

編集後記(後編)

「家族全員で映画館に行ったことがなかった」という言葉が、心に深く残りました。

 

お母さんだけが聞こえない家族が、字幕メガネで初めて実現した「家族での映画鑑賞」。

 

健聴者にとって当たり前の体験が、SNSで大きな反響を呼んだエピソードは、バリアフリー映像の本質的な価値を象徴しています。

 

取材を通じて印象的だったのは、MASCの活動が新たなフェーズに入っていることです。

 

プロ養成講座の終了は、市場が成熟し専門会社が登場した証。

約1,000本のデータベースが2025年4月から本格稼働し、映画業界から放送・配信業界へと相互利用のエコシステムが広がります。

 

川野さんが繰り返し強調された「障害者のため、ではなく、すべての人のために」という視点。

 

子どもがうるさい家庭、掃除機の音が聞こえる環境。

字幕は誰にとっても便利なもので、バリアフリーはユニバーサルデザインそのものです。

 

「感動をみんなのものに」という目標は、まだ道半ば。

でも、MASCが切り開いてきた道は確実に広がっています。

 

前編・後編を通じて、バリアフリー映像が「福祉」という枠を超えて、「文化へのアクセス権」という普遍的な価値を実現する取り組みであることを実感しました。

 

動画に字幕をつける、バリアフリー上映に足を運ぶ、体験を周囲に伝える。

 

そんな小さな行動の積み重ねが、「感動をみんなのものに」という大きな目標への一歩になるのです。

団体情報

NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター(MASC)

設立: 2009年
所在地: 東京都渋谷区
公式サイト: http://npo-masc.org/

 

主な活動

  • バリアフリー字幕・音声ガイドの制作と普及

  • 約1,000本の映画データベース運営(2025年4月本格稼働予定)

  • 字幕メガネ・スマホアプリを使った鑑賞支援

  • 全国映画館でのバリアフリー機器貸し出し

 

主な実績

  • 2023年:内閣総理大臣表彰(バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者)

  • 文化庁認証団体として字幕配信の権利処理を円滑化

 

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久田 淳吾

発達障害(ADHD・ASD)と吃音を抱える40代男性。今まで発達障害の事は知らずに生きてきたが、友人の話を聞いて自分にも当てはまる事が多すぎる事を実感し、病院にて診断を受けると見事に発達障害との認定を受ける。自分に何ができるかと考えた時、趣味の写真でプロの先生に話を聞く機会があり、吃音が強く出ていたことに気がついた先生が『君は吃音持ちだね。だったら吃音の方の気持ちがわかるはず。それを活かして吃音の方の気持ちがわかるカメラマンになったらどうか』という言葉を思い出し、発達障害者として同じ気持ち、舞台に立てる人間として趣味のカメラ、動画編集技術を活かして情報発信をする事を決意。


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