2026年2月、東京・渋谷。レバレジーズ株式会社が運営する障がい者就労支援サービス「ワークリア」が、企業の人事担当者や現場マネージャーを対象にした体験型研修を開催しました。
VRゴーグルをつけて「見えない障がい」を疑似体験し、職場での合理的調整について考えるイベントです。2日間で20人が参加しました。
2026年7月、民間企業の障がい者法定雇用率は2.5%から2.7%へ引き上げられます。
しかし雇用数が増える一方で、定着の難しさを感じている企業は約7割にのぼるといいます。
特に「見えない障がい」と呼ばれる精神・発達障がいの分野では、「どう接すればいいか分からない」という現場の不安が、採用の躊躇や早期離職につながっている現状があります。
私自身も障がいの当事者として、取材という形でこの研修に参加しました。
企業が「見えない障がい」とどう向き合おうとしているのか。
そして当事者は何に困り、何があれば働きやすくなるのか。当日の体験と現場の声をもとに、見ていきます。
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46%と10% 2つの数字が示すもの

セミナーの冒頭、ワークリア事業責任者が現状の数字を示しました。
日本国内で法定雇用率を達成している企業は46%にとどまります。
2026年7月には法定雇用率が現行の2.5%から2.7%へ引き上げられる予定です。
数字は厳しいものでした。ただ、私がもっと気になったのは別の数字でした。
日本全国に1,100万人以上いる障がい者のうち、実際に就業できているのは10%未満だといいます。
9割以上の人が「働きたくても働けていない」か「働ける環境が近くにない」状況にあります。
当事者として、この数字には複雑な思いにさせられました。
厚生労働省の調査によると、新規求職申し込みにおいて精神障がい者が著しく増加している実態が示されています。
こうした市場背景を踏まえ、ワークリアでは2032年には身体障がい者と精神障がい者の雇用割合が逆転すると予測しています。
一方でワークリアが実施した調査では、障がい者雇用を行う企業の約5割が「身体障がい者を積極的に採用したい」と回答しており、市場の変化に企業側の意識が追いついていない現状が浮かびます。
発達障がいは、文部科学省のデータで10人に1人が該当するとされています。
同社の調査では、発達障がいと精神疾患の併存率は9割を超えているともいいます。
「知らず知らずのうちに精神疾患を発症しているケースが少なくない」といいます。
これまで取材を通じて、発達障がいや精神疾患のある方の就職の厳しさは繰り返し耳にしてきました。
私自身も会社員時代、自分の特性を周囲に理解してもらうことに苦労した経験があります。だからこそ、この数字は他人事として読めませんでした。
「見えない」を、仮想空間で知る

セミナーでは、株式会社シルバーウッドが提供するVRゴーグルを使った3種類の疑似体験が行われました。
聴覚過敏
参加者たちは最初、ゴーグルの操作に少し戸惑っている様子でした。
しかしひとたびVRの世界に入ると、会場全体がすっと静かになりました。
セミナーの説明によると、日常音が極端に大きく知覚され、複数の音が重なることで頭痛や集中困難が生じるといいます。
体験を終えた参加者からは「これが毎日続くなら、職場に来るだけで消耗してしまう」という声が上がりました。
視覚過敏
光やコントラスト、動きへの過剰反応が体験できるコンテンツで、トンネル出口の強い光などで痛みやめまいが生じることもあるといいます。
体験した参加者は目を細め、しばらく黙っていました。
ADHDの視点
注意の制御や順序立ての困難、優先順位をつけることのコスト。
参加者がゴーグルを外すたびに、しばらく言葉が出ない様子が続きました。
「今まで理解できなかった苦しさが、少し分かった気がした」という声がどこかのテーブルから聞こえました。
VRを外した参加者の表情から伝わってきたのは、「驚き」でした。
話には聞いていても、仮想空間とはいえ実際に体験するのはまったく別のことだったのだと思います。
その後の意見交換では、現状の認識やどう対応するかについて、各テーブルで活発な話し合いが生まれていました。
その様子を見ながら、当事者としてこんなことを感じていました。
企業が何もしていないわけではない。ただ、「知る機会」がなかっただけではないか、と。
真剣に障がい者雇用に取り組んでいるからこそ、「知らなかったこと」への対策にも真剣に向き合える。
そういう場として、このセミナーは機能していたのだと思います。
「今日の体験はあくまで1つの例に過ぎません。障がいの特性は一人ひとり全く違います」(ワークリア事業責任者)
ゴーグルの中に、自分の日常がありました

イベントが一通り終わった後、空き時間にADHDのVRコンテンツを体験させてもらいました。
ゴーグルをつけると、よくあるオフィスの風景が広がりました。
音も含めて臨場感があり、VR技術の精度に思わず驚きました。
画面の中では、発達障がいのある社員の視点から、職場の日常が描かれていきます。
場面が進むにつれて、「これは自分の話だ」と思いました。
話しかけられると、それまでやっていたことがすっと頭から消えてしまう。
話が脱線すると、その脱線がさらに広がって収拾がつかなくなる。
こうした場面がいくつも出てきました。
長年の日常として抱えてきた感覚が、画面の中で丁寧に再現されていました。
そしてもう一つ、体験中に気づいたことがあります。
VRでADHDの映像を見ている最中に、自分自身が別のことを考えていたのです。
ADHDを体験するコンテンツを見ながら、自分のADHDが出ていた。
我ながら妙な納得感がありました。
ゴーグルを外したとき、複雑な気持ちがありました。
うまく言葉にはできないのですが、「みんな大なり小なり、環境の違いはあっても、同じような苦労をしているのかもしれない」という感覚でした。
参加者が聴覚・視覚の体験に強く反応していたのに対し、私にとってはこのADHDのコンテンツが「自分の話」でした。
同じ「見えない障がい」でも、何が当てはまるかは人によってまったく異なります。
「よかれ」がなぜ届かないのか

VR体験の後、登壇したのはワークリア事業部で発達障がい当事者としてリーダーを務める社員です。
療養期間を経て入社し、このレバレジーズが人生で初めての就職先だったといいます。
現在はリーダーとして障がい者社員180名以上のメンバーのマネジメントを担当。
さらに、生成AIを活用した業務効率化を推進するなど、組織の生産性向上を牽引する役割も担っています。
当事者リーダーは、管理する側が「よかれ」と思って使う言葉が、当事者にどう届くかを3つのケースで解剖しました。
ケース1:「適当にやっておいていいです」
「管理する側の方は、過去の事例や場の空気から、大体7〜8割の完成度でいいと自然に推測されますよね。
ですが、私がマネジメントしているメンバーの多くにとって、その推測が難しいケースも少なくありません」
この言葉を聞きながら、昔のことを思い出しました。
私の場合、「適当に」を「いい加減に」と文字通りに解釈してしまったことがありました。
おそらく相手が意図していたのは70%程度の完成度だったと思います。
しかし私は50%以下で提出してしまいました。
叱責を受けて、今度は逆にやりすぎる。「ちょうどいいあんばい」が、どうしても見えなかったのです。
「現場では『やる気がない』『仕事が遅い』と片付けられがちです。
でも実は、頑張りたいからこそ正解を探して迷子になっているだけなんですね」
周囲は「なんでそんなことも分からないんだ」と感じていたと思います。
そして自分自身も「なんでこんな『普通』のことができないんだろう」と思い続けていました。
管理側の「なぜ」と、当事者側の「なぜ」が、実は同じ場所から来ている。
当事者リーダーの言葉は、その構造を見せてくれました。
解決策はシンプルです。「手順5の4まで終わらせてね」「15時締め、所要5分」。
完了の定義を数字で渡す。それだけで「迷子」は消えます。
ケース2:「手が空いたら」
「常に100%稼働していて空き時間が一生訪れないパターンと、頼まれたという事実が頭を占領して、最優先の仕事を放り出して今すぐ着手してしまうパターンです」
私の場合は後者でした。「頼まれた」という事実がそのまま最優先になり、すぐに着手してしまいます。そして今やっていた作業を忘れてしまう。
後から「あれどうなった?」と言われることもあれば、自分で気づいてあわてることもありました。どちらのパターンも経験があります。
「よかれと思った自由度が、かえって本人を追い込んでいるんですね」
「水曜日の15時まで」「5分で終わります」。
時間軸を数字で示すことで、本人は自分のスケジュールにその仕事を組み込めるようになります。
ケース3:「いつでも聞いて」
「いつでも聞いては、誰にも聞けないと同じなんです」
この言葉が、3つの中で一番刺さりました。
私の場合、「こんなことを聞いたらあきれられるのではないか」という不安が先に来てしまい、聞けなくなるのです。
結果として自己流でやってしまい、失敗する。
そして「なんで聞かなかったのか」と言われる。そのパターンを何度も繰り返していました。
「手順3で止まったら呼んでね、15分悩んで解決しなかったら相談してね。質問を個人の判断ではなく、業務フローの一部にしてしまう。これが、パフォーマンスを最大化させる最短距離になります」
「いつでも聞いて」が善意から来ていることは分かっています。
ただその善意が、どこに届いているかは別の話です。
「配慮」ではなく「調整」

後半では、レバレジーズが2年間で組織を180%拡大しながら定着率90.7%を維持している具体的な仕組みが紹介されました(定着率は2025年12月時点)。
物理的な環境の整備
サングラス・耳栓・ノイズキャンセリングヘッドホンの着用を正式に許可し、静穏エリアの確保、照度調整、リモートワークの導入も積極的に進めています。
「目が悪い人がメガネをかけるのと同じように、パフォーマンスを最大化させるための標準装備として備えています」
私自身は聴覚・視覚の困りごとはそれほど大きくない方ですが、それでも周囲の音が気になるタイプではあります。
現在はフリーランスとして自宅で作業しているのでノイズキャンセリングを自分で選択できますが、企業がこれを制度として整えているのは大きいと感じました。
集中を守る環境を職場が標準装備として用意するという発想は、当事者にとって働く選択肢を広げることに直結します。
コンディション連携型シフト
体調の波に合わせて業務の難易度を自ら選択できるルールです。
調子が不安定なときはルーティンワークに集中し、安定しているときは難易度の高いミッションに挑戦します。
調子の悪いときに作業しても能率はほとんど上がりません。
逆に調子のいいときはとにかく仕事が進む。
その波がかなり大きいのが、発達障がいの特性の一つでもあります。
この仕組みは、その波を個人の問題ではなく設計の問題として扱っています。
ハイブリッドタスクシフト
午前と午後で性質の異なる業務を組み合わせるシフト設計です。
同じ作業をずっと続けると仕事は進みますが、その後の疲労感がひどく、何もできなくなることがあります。
作業の性質を切り替えるという設計は、燃え尽きを防ぐ工夫でもあります。
「生きたマニュアル」
障がいのある社員自身がマニュアルを作成し、日常的にアップデートし続けています。
全工程に実際の作業写真が添付され、当事者だからこそ気づける「つまずきポイント」が書き加えられていきます。
「一般的なマニュアルは健常者視点で作られがちです。
すると無意識に、これくらいは分かるだろうという曖昧な表現が混ざってしまいます」
これは障がいのある人のためだけの話ではないと思います。
マニュアルを運用するのは人です。
使う人の視点が加わり、現場で進化し続けるマニュアルは、組織全体の質を底上げするものになり得ます。
実際にレバレジーズでは、約180名の障がい者社員をマネジメントする当事者リーダーが5名在籍しています。
データ戦略室、情報システム部、経理、総務など、高い専門性が求められる部署でも活躍する社員が増えているといいます。
「障がい者雇用イコール単純作業」という固定概念を、現場の実績が塗り替えていました。
取材を終えて
取材を終えて、一番強く感じたのは「知る機会があれば、ここまで変わるんだ」ということでした。
VRゴーグルを外した参加者の表情や、その後の意見交換の熱量を見ていて、そう思いました。
やる気がないのではなく、実感する手段がなかっただけではないか。
少なくとも、この会場にいた方々からはそう感じました。
身体障がいと違い、精神・発達障がいは外から見えません。
企業の担当者がどれだけ真剣に向き合おうとしても、見えないものは実感しにくい。
だからこそ、VRという技術が持つ意味は大きいと感じました。
「見えない」ものを「見える」形にする。
その一点だけで、理解の入り口がこれだけ変わるのだと、会場の空気から伝わってきました。
当事者側にも、難しさがあります。
自分が何に困っているかをうまく言葉にできないことは、発達障がいの当事者として実感しています。
伝えたくても、伝え方が分からない。
そのすれ違いが、企業と当事者の間にずっと残ったままになっていることも少なくないと思います。
だからこそ、VRに限らず「知る機会」を積極的に持ってほしいと思います。
当事者を理解しようとする企業の姿勢は、当事者にとって「ここで働けるかもしれない」という希望につながります。
お互いにとってのwinwinは、「知ること」から始まるのだと、このセミナーは改めて教えてくれました。
参加企業の声
セミナー後、参加した企業数社に簡単なアンケートをお願いしました。
最も印象に残った場面として多く挙げられたのは、「いつでも聞いて」をはじめとした日常の言葉についての話でした。
善意のある言葉が当事者を悩ませる可能性があるという気づきは、「日頃の関わり方を見直すきっかけになった」という声につながっていました。
研修後の変化としては、「相手が何に困っているかを丁寧に確認しながら話を聞くことを大切にしている」「精神・発達障がいのあるメンバーを持つリーダー向けの研修づくりに参考になった」といった回答がありました。
これまでも意識はしていたが、より具体的な行動に結びついたという声が共通していました。
今後必要だと感じる情報としては、「当事者が職場で経験した困った場面と、どんな配慮があると助かったかをイラストも交えてまとめた資料」「特性理解や成長支援につながる動画コンテンツ」といった声がありました。
知りたいという意欲はある。あとは届け方の問題なのかもしれません。
出典
・厚生労働省「令和6年度障害者職業紹介状況等」(2025年6月)
・ワークリア「障がい者雇用における採用実態調査」(2026年2月発表)
・ワークリア「発達障がいと精神疾患の併存に関する実態調査」(2024年8月)
・ワークリア「大・中小企業別に見る精神・発達障がい者雇用における実態調査」(2025年6月)
久田 淳吾
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