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プロフィール
名前 | しまちゃん(ペンネーム) |
---|---|
出身地 | 東京都町田市生まれ、神奈川県湘南育ち |
趣味 | グルメ、観劇(歌舞伎、現代劇、狂言、ミュージカル等)、お笑い(東京03、シソンヌ他)、美術鑑賞、映画鑑賞。 たまに、スキー、スキューバダイビング(PADI アドヴァンスドライセンス取得) 華道 草月流、茶道 裏千家の10年程度習っていた。 落語、釣り、サーフィンをしたい。 |
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プロフィール
所有資格
- 薬剤師
- 精神障害者手帳3級 (ADHDとアスペルガーのハーフ)
- ホームヘルパー2級
- 障害者ヘルパー2級
- 一級船舶免許
- 2014年・2016年VISION OF YOGA 全米アライアンス ティーチャーズトレーニング修了
- 華道 草月流二級師範参与
発達障害の薬剤師
現在は、薬剤師という資格を活かすため
医薬翻訳家を目指して、
通信講座を受講中!
2019年4月から、医薬翻訳の
通学講座を受講予定です。
「薬剤師ですごい!」
とよく言われますが、
ADHDとアスペルガーという
特性があるので、
大変な思いも経験してきました。
私がどのようにして薬剤師となり、
どんな経験をしてきたのかを
紹介させていただきます。
ADHDとアスペルガーのハーフ
先ほども申し上げたように
ADHDとアスペルガーのハーフで、
先天性の理系です。
小学生まで運動神経が悪く、
鬼ごっこには参加しない子でした。
中学に入って、バスケットボール部に入ると、
校内の陸上競技大会で決勝に残り、
「なせば成る」を信じる。
その頃から理系に加え、
体育も得意科目になりました。
中学2年までは、数学と理科しかできない
典型的な理系でしたが、中学3年生で、
国語と社会を克服し全科目
成績優秀になることができました。
高校入学して大きな挫折を経験
学区で最優秀の公立高校に入学しましたが、
生物・化学以外の学業(数学・物理含む)で
挫折を経験しました。
受験直前2カ月の受験勉強で、
私立薬科大学入学。
18歳まで友達はいないと思っていたが、
大学デビューを果たしました。
バスケットボール部に入部し、
楽しい大学生活を送りました。
大学3年生でバスケットボール部の
キャプテンを任され、
- 薬連で2回優勝
- 練習試合含めて1敗のみ
という「過去の栄光」に輝きました。
私自身は、緊張感が強過ぎて、
試合には不向きのため、
天職は「応援団」と確信する。
理系科目ばかりだったため、
学業に困らないものの、
化学系も苦手になってしまいました。
卒論は、生物系の薬理学教室に入る。
学長の卒論教室のため、
学長推薦があったにも関わらず、
過緊張かつ仕事を想像できず、学長に
「ピントがずれている」
と言われ、地道に就職活動をする。
そこで、1件のみですが、
(その他数10件は面接とは言えないあり様)
外資系製薬メーカーの医薬情報担当者
(MR いわゆる営業)として、
内定をもらうことができました。
MRという道を経験
女性MRのはしり、かつ、
知り合いがいない仙台に赴任。
仕事覚えが遅く、遅刻魔で、
先輩方に心配かけるが、
入社2年目で宮城県の優秀MRとなり、
先輩方の度肝を抜くことができました。
後に「MRの鏡」と伝説を残す。
私の特性上、多趣味もあって、
若さゆえ、東北6県を遊び倒しました。
スキーは、11-5月まで7カ月間、
毎週末に行くほど。
断れないし、難しい顧客にも
嫌がらずに訪問するため、
担当先をたらい回しにされる。
アラサーで退職した後、調剤薬局、
製薬メーカー等を転々とする。
発達障害の認識も社内になく、
いじめやハラスメントにあうものの、
愛想の良さと、明るさで、
先輩方にかわいがってもらい、
現在まで切り抜ける。
38歳の時に、製薬メーカーの
医薬情報部に入社。
これが天職だと思いました。
しかし…
過労とストレスで、
双曲性障害を発症し、
2年目で休職することに。
5年目にパラハラに遭い、
衝動的に退職しました。
発達障害と診断される
44歳の時、自ら発達障害と確信し、
小児精神科を紹介され、
問診のみで、先天性の
発達障害と確定診断されました。
46歳から、障害者枠で
大手調剤薬局に採用されるも、
適応障害を繰り返し、2年で退社。
医薬翻訳家が天職になると思いこみ、
医薬翻訳の通信教育を受講しています。
発達障害という特性を楽しむために
障害者として働き始めたら、
「発達障害の認知度が低い」
ことを思い知らされました。
ADHDに適応がある薬剤
(ストラテラ、コンサータ等)が
あるにも関わらず、薬剤師が
ADHDの症状を知らない。
また、障害をオープンにして、
SNSを利用していますが、発達障害で
「発達障害に生まれたくなかった」
という方が多いことに気付きました。
発達障害でなかったら、
できなかったことがたくさんあったので、
私はむしろ発達障害で
あったことに感謝しています。
発達障害は「進化の過程である」
という説もあるのに・・・
20年経ったら発達障害者が
認知されると思うけど、待てない!
ので、発信することにより、
「楽しい社会に変えたい」
です。
これからやっていきたいこと
大学の時に思った皆の
「応援団」になりたいです。
(自分のために動くと、必ず失敗する)。
- 障害者でも
- 発達障害があっても
- 不幸があっても
人生楽しめるような
明るい情報を提供したい。
舞台、映画、美術館および
博物館の展覧会等を、
発達障害の一風変わった、
楽しい目線で紹介し、
俳優等を応援していきたいです。
興味ない方にも、
新たに興味を持って、
人生を楽しんで頂きたい。
発達障害のリアルを
発信していきますので、
参考にしていただければ幸いです。