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精神病院入院記 ーどこが残酷かのルポタージュー

頭を抱える女性の白黒写真

一般的な社会に生きる人にとって、精神病棟はベールのなかの場所でしょう。

 

プライバシーの問題からマスコミでも取り上げにくく、内部からのルポタージュは大熊一夫ルポ・精神病棟をみるくらいです。

 

彼は、精神病という判定を出してもらい入院し、ルポしています。マスコミが内部から現状を書くにはこれくらいしか手がありません。

 

夏目
精神病棟の入院から受ける痛みは、入院した人にしか分かりません。

 

この記事では、短期であるものの入院経験のある筆者が体験から綴っていきます。

精神病棟の時間という痛み

精神病棟でもっとも苦痛なのは退屈です。

 

ニーチェの「退屈には神々でも勝てない」、キルケゴール「退屈は悪の根源であって、とおざけねばならないものである」の言葉に代表されるように、過度な退屈は痛みです。

 

それは、少年が夏休みの昼下がりに感じる退屈とはものが違うのです。

 

精神病棟は、白、もしくは灰色の空間で、そこには、景色、光、感動、風などが一切ありません。

 

時間をゆっくりと感じることが、患者の治療に必要なのでしょう。

 

しかし、生きることの目的は時間が流れ去ることのみであり、愉しみは全く存在しません。

 

私は毎日、カレンダーを見て、あと何日で退院できるかを確認しました。

 

医師に、何度も退院させて欲しいと訴えて、家族に転院するか、外出許可を取って欲しいとお願いしました。

 

私が入院していたのは2~3ヶ月なのですが、2年入院している人はざらで、長い人は20~30年を超えていました。

 

夏目
社会的入院は、生きたまま命ある人生を捨てることです。

 

それは無の人生、虚無の生活です。

 

その生活がだんだん当たり前となり、抗い訴える力までも失い、それでも生き続けるのです。

 

退院を訴えるだけの精神的な力がないため、受動的に無感覚に横たわるのみになってしまうのです。

 

 

退屈の砂浜

人は白くてなにもない場所で、長時間何もしていないと、時計の針の進みの遅さに強い不快感を覚えるようになります。

 

日給10万円のアルバイトで、一日ずっと部屋にいるという実験が昔あったのですが、多くの被験者が耐えられずに1日持たず、3日目には全員辞めたという話があるくらい閉鎖的な空間でじっとしているというのは人間には難しい行動なのです。

 

外界では色々なことが起こり、日々が流れ、恋があったり愉しみがあり、時には嫌なこともあるけど、そんな体験をしているうちに、1ヶ月くらいはすぐに飛び去っていきますよね。

 

でも、精神病棟では時間が経つことのみが希望で、1時間が永遠に感じます。

 

その苦しみは、恐ろしいものだと思いませんか?

 

夏目
その状態が中長期間にわたる人の人生を考えると、私は極めて残虐な人権侵害だと感じてしまいます。

 

 

狭い塔

時間的な無に加え、空間的な限定も、精神的な退屈を生みだしています。

 

私がいた病院では、6人1部屋くらいのところにベッドが並び、その部屋が続いていました。

 

歩けるのは、廊下のみです。

 

隔離室と呼ばれる部屋や、個室と呼ばれる外出を制限された病状が悪い人が入る部屋もあります。

 

精神病棟は、精神の躍動を極限まで抑え込むためにできた空間です。

 

そこから抜け出すことも、どこかに行くことも許されていません。

 

夏目
時間的な無であり、空間的な無なのです。

 

なにかをすることや、楽しむことができない、ただ退院することのみをひたすら待ち続ける場所です。

 

精神病棟の臭いの辛さ

精神病棟の辛さは、その閉鎖空間だけではありません。

 

夏目

実は、臭いもつらさの要因のひとつです。

 

精神病等では、ずっと他の患者の糞便の臭いが漂っているのです。

 

おしめをしている人がいたり、おしめをせず漏らしてしまう方も中にはいるので、悪臭が漂っています。

 

それを掃除するため、消毒も使うので独特な臭いが発生しています。

 

窓は空いておらず、ドアも閉まっていて密室なため臭いは抜けません。

 

なにもできない部屋で、糞便の匂いが漂って来る。その空間で、時が経つのをただ待つのです。

 

夏目
そういう生活は、人間性や尊厳を奪われている状態だと私は思います。

 

オアシスの風呂

私がいた入院病棟では、入浴は週に2、3回だけでした。

 

夏目

閉鎖している病室の中で、お風呂は唯一の愉しみです。

 

精神病棟の世界に存在する、唯一、新鮮で瑞々しいものでした。

 

大量の患者と共に、芋を洗うかのように入るのですが、それですら待ち遠しい唯一、くつろげる時間でした。

 

そのささいな時間だけ、自由や楽しさを感じます。なるべくゆっくりと、身体を洗い、なるべく長くいるようにしていました。

 

入院病棟では、人数の関係上入浴回数はあまり多くできないことは分かります。

 

しかし、自分で入浴できる人の入浴は、毎日、認めてほしいです。それは衛生上においても、精神衛生上においても、とても有益なのですから。

 

 

患者という他者

入院中、暴力性のある患者が声をかけてくることがあります。

 

一度、興奮気味の若い患者が近づいてきて、格闘技の技を教えると言って自分にかけてきた時はとても怖かったです。

 

自分を「宇宙総督」だと信じている人に気に入られたこともありました。

 

自分で頼んで差し入れてもらった新聞を、いつのまにか奪って読まれてしまった認知症のおじいさんもいました。

 

自分にとって身近な他者が患者だけという環境は到底耐えられるものではありませんでした。

 

運動の対策は必要

そんな入院生活の中で、私はみるみる太り、腹は大福餅のようになりました。

 

運動することのみができることだったので、病棟を散歩していましたが、狭いため十分に動けません。

 

ランニングするほどのスペースはありませんでした。

 

だんだん作業療法室に一時的に行けることが許されましたが、ランニングマシーンなど運動ができるような設備が欲しいと強く思いました。

 

そうすることで、退院後の肥満予防にも繋がります。

 

夏目

私は実際、入院中でもっとも痩せていた頃から15キロほど体重が増えました。

 

幸い退院後、15キロのダイエットに成功しましたが……。

 

ちなみにうつ病を発症した人は、その後運動をしない人に比べ、運動を継続して行っている人の方がうつの再発が低いというデータもあります。

 

入院中に少しでも運動が出来れば、入院中の回復状況も退院後の回復状況も変わってくるはずです。

 

趣味の砂漠

入院中は趣味も制限されています。

 

私が好きな読書の本の差し入れも制限され、おやつの量も制限があります。

 

夏目
テレビはありますが、症状でじっと観ていられません。

 

紙とペンでなにか文章を書いても、忍耐性が落ちているために全く書けません。

 

容態が安定してくると10分ほど喫茶店に行けるようになりましたが、預けられたお金の範囲内だったため、トースト半切れくらいでした。

 

食事を楽しむ量も制限されてしまいます。

 

 

隔離病棟という場

隔離病棟で過ごした日々は、人生で最も壮絶な時間でした。

 

布団とトイレだけがあり、食事を差し込み口からもらうだけの白い壁の部屋。

 

夏目
四畳半くらいの大きさ。時間の流れが『痛み』でした。

 

私がそうだったように、人間はなにもない白い狭い部屋に長時間いると、時間の流れに痛みを感じます。

 

1秒1分が過ぎるのをじりじりと意識するのです。幸せな状態では人は時間の流れを意識せず、気がついたら1年が経っていたりしますよね。

 

隔離病棟では、時計を凝視しながら、無の世界を生きるのです。

 

精神の躍動が極限まで遅滞され、自分の無の魂と時計の針のみがそこにあります。

 

夏目
隔離病棟の長期収容は、残虐な人権の蹂躙です。

 

入院への慎重な人権意識、特に隔離病棟については、チェック体制が必要だと考えます。

 

強制入院の増加、任意入院の減少

630調査と呼ばれる調査があります。

 
精神保健福祉資料(630調査)とは

精神科病院、精神科診療所等及び訪問看護ステーションを利用する患者の実態を把握し、精神保健福祉施策推進のための資料を得ることを目的に、毎年6月30日付で厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課が実施しているものです。

 

社会的入院とは、必ずしも治療や退院を目指さない、長期入院のことを指します。

 

精神病患者が、医学的には入院の必要性がないにも関わらず、生活上などの都合により入院生活を続けてしまうことです。

 

ちなみに、終末医療などは含みません。単に「長い入院」という意味ではなく、医療問題・社会問題として捉えられている言葉です。 

 

630調査に詳しいのでぜひご参考にして下さい。

 

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課  630調査

https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/data/630.html  

精神病棟の経験から見た対策

精神疾病者は経済力に乏しく、ホテルのような環境にはできないし、看護師などの人数にも限りがあり、精一杯やっているという反論もあるでしょう。

 

しかし、入浴の回数を増やすことは、自力で入れる人なら可能だと思います。

 

夏目
精神的な負荷をかけないと同時に、生きることに楽しさを感じない限り、人間の精神は絶対に改善しません。

 

それどころか、入院しているだけで健康な人も荒廃し無気力化します。

 

入浴をすることで、精神的、身体的な健康の効果もあります。

 

もし、あなたが週に2、3日しかお風呂に入られないとしたら、それだけで精神状態が悪化すると思いませんか?

 

ランニングマシーンを一台置くだけで、入院患者の精神的、身体的な健康は大幅に改善されます。

 

 

入院後に体重がかなり増えることはよくあることです。

 

人間は、汗をかいたり、汗を流したり、体を動かしたり、リフレッシュしないとどんどん精神的に停滞していきます。

 

これらは全部「お薬」なのです。

 

また、当然のことですが、そんな空間に強制的に入る、社会的入院を減らし、自発的入院でない入院を減らしていくことが大切です。

 

そこは、世界から忘れ去れた現代の日本にある「虚無の世界」なのです。

 

夏目
皆さんで声を上げて、少しでも入院患者のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を上げていきましょう! QOHL(クオリティー・オブ・ホスピタル・ライフ)ですね。

 

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夏目作弥

精神疾病の当事者であり、ピアスタッフを経験。精神疾病を持ちながら送る日々を綴った人気エッセイを作業療法室にて連載しています。当事者と支援者の両方の経験から見えてくることを、体験談と客観的な視点から綴らせて頂きます。働くことを根本から見つめ、精神疾病者の新しい働き方をご提案します。精神保健福祉ライターの他、文芸創作もしています。『シナプスの笑い』にて夏目作弥としてエッセイや小説が入選。こちらもぜひご覧ください。詳しいプロフィールはこちら→夏目作弥
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