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多様性を認め、それぞれの得意で生きる社会へ|発達障害当事者会「一刻の会」が歩む支援の道

水彩調のやわらかな背景に、青い花が添えられたデザイン。 「多様性を認め それぞれの得意で生きる社会へ」「発達障害当事者会『一刻の会』が歩む支援の道」という文字が、静かに想いを伝えている。

東京都東久留米市で活動する発達障害当事者会「一刻の会」。

 

診断の有無や立場を問わず、生きづらさを感じるすべての人を受け入れる開かれた場として、平成30年から活動を続けています。

 

「それぞれの花にはそれぞれ咲く時期がある」という理念のもと、個人のペースを尊重した支援を行っている代表の鈴木さんに、活動と理念について詳しく伺いました。

診断の有無を問わない、開かれた当事者会

――まず、一刻の会について教えてください。

 

鈴木さん(以下敬称略)

一刻の会は平成30年から、東京都の東久留米市で発達障害の当事者会を運営しています。

 

参加条件については、診断がついている・ついていない、当事者か家族か支援者か、枠組みは作っていません。

基本的に自分が生きづらいと感じれば、それは診断があろうがなかろうが大変だと思うので、そのような方は来てくださいというスタンスでやっています。

 

――確かに診断を受けるのもハードルが高いですし、そのような方にとっては先に当事者会に参加できるのは心強いですね。主な活動内容はどんなことでしょうか?

 

鈴木 

月に1回休日の当事者会を開いていて、平日の午前中には家族会、平日の夕方には平日の当事者会を開催しています。

 

一刻の会とは別の組織として、SLD親の会「たんでむの会」も月に1回、土日祝日に開いています。また、株式会社一刻の会として「大人の療育セミナー」という発達障害専門プログラムも実施しています。

 

これは昭和医科大学烏山病院が中心になって作ったプログラムをベースに、病院ではない環境でできることを私なりにアレンジしながら行っているものです。

 

――かなり幅広く活動されていますね。メインとなる当事者会はどのような形で行われているのでしょうか?

 

鈴木 

昔はテーマを決めて話し合っていたんです。

 

でも皆さんそれぞれ困りごとや生きづらさを抱えて参加されているので、結局テーマから外れてしまうことが多かった。それぞれの困りごとのピアカウンセリングになってしまって。

 

そこで最近では、前半1時間は話したい人に「何かありましたらどうぞ」という形で自由に発言してもらっています。

 

後半1時間は、なかなか発言しにくい方も話せるように、小グループを作ります。それぞれでテーマを決めて話し合うという2部構成にしています。

 

聞いているのが好きという人も中にはいますが、少しでも話せる機会を作ることが大切だと考えています。

 

――参加していくうちに、参加者の方に何か変化はありますか。

 

鈴木 

ある参加者の方は、長い間仕事がうまくいかず、福祉サービスを利用しながら生活されていました。

 

一刻の会に来る方は、仕事をされている方もいれば、仕事がしんどくて働いていない方、引きこもりまではいかないけれど家で過ごす時間が長い方など、様々です。

 

その方は、徐々に周りの人も自分と同じような苦労をしながら働いている人がいることを知って、「鈴木さん、僕は東京を離れて就職します」と決意されました。最終的に地方での就職を実現されたんです。

 

いろんな人の話を聞いていくうちに、「1人じゃない」とわかったのが大きいと話していました。

 

――鈴木さんご自身も当事者会との出会いがあったんですよね。

 

鈴木 

私自身も平成28年か29年に、昭和医科大学烏山病院で「土曜クラブ」という発達障害専門プログラムを受けていました。そこで初めて他の発達障害の当事者の方と話をすることができたんです。

 

お互いにいろんな悩みをだんだん話せるようになって、苦労しているのは自分だけじゃないとわかりました。それが本当に自分の力になりましたね。

 

自分の考えていることと他の人の考えていることは意外と違うし、感じ方も全然1人1人違う。考え方の癖が自分にもあるという自覚を持てたことで、すごく学ぶことができました。

 

その後、世田谷で当事者会を開いている「にゃんまげ」こと山本純一郎さんが運営している「コモリナ」というカフェの当事者会に参加することに。そこに行って「これはいいな」と思いました。

 

でも世田谷まで通うのは大変だったので、自分で始めることにしたんです。

 

ジュン
診断の有無を問わず「生きづらさ」を入口にしている点が、一刻の会の大きな特徴だと感じました。

「1人じゃない」という実感が、参加者の背中を押す力になっている――鈴木さん自身の原体験がそのまま会の姿勢に表れています。

「それぞれの花にはそれぞれ咲く時期がある」という理念

――一刻の会のホームページに「それぞれの花にはそれぞれ咲く時期がある」というフレーズがありますね。

 

鈴木 

一刻の会は30代40代50代の参加者が多いんです。私が50歳なので、同じような年代が集まりやすいんでしょうね。

 

30代で独身だと親御さんから「あんた何で結婚しないの」と言われたりします。仕事につけない、ついても転職を繰り返していると、親御さんや周りからのプレッシャーを感じる人が多いです。

 

だけど人間を花にたとえてみると、決して遅れているわけではありません。

それぞれの花にはそれぞれ咲く時期があります。

 

梅は2月に咲くでしょう。4月には桜が咲いている。6月の雨が降ってる中でアジサイが咲く。夏にはひまわり、秋にはコスモス、冬は椿が咲いたりする。

 

結局、全く何も咲いていない時期はないんじゃないかと思うんです。

 

――人によって花が咲く時期が違うだけなんですね。鈴木さんご自身の経験もあるんですよね。

 

鈴木 

私は29歳まで学生をしていて、社会に出るのが他の人より10年近く遅かったんです。

 

うちの親としては「それだけいろいろ学校に通わせて、資格もいっぱい取らせたんだから、いい給料をもらえるだろう」と思っていたようです。

 

でも世の中そんなものじゃない。いろんな資格を持っていても、全部の資格で働くわけじゃないので、その中の一つの資格で働くことになる。親からしたら「思ったより給料が少ないな」と感じたんでしょう。

 

親は「お前、散々、種やつぼみの時期も長かったのに、まだ咲かないのか」と言い続けていました。

 

父は典型的なASD、母は典型的なADHDで、認知の歪みというか「すべき思考」や「白黒思考」がすごく強い人でした。「早く咲け、早く花を咲かせろ」とずっと言われ続けて、私も苦しかったんです。

 

――その経験から、今の支援姿勢が生まれたんですね。

 

鈴木 

一刻の会に来る方にもよく話すんです。

 

今4月だったら桜がいっぱい咲いているからといって「あなたなんで咲かないのよ」と言われても、その人が桜じゃなくてひまわりだったら、まだ4月じゃ咲きませんよね。

 

ただ、周りの人が「早く咲け」と言って肥料や水を与えすぎて、根腐れを起こしてしまう人も中にはいるんです。無理やり咲かせようとしても、本当に無理でしょう。それは待つしかないんです。

 

家族会では、無理に水をあげて根腐れを起こさないように、ただ見守ってあげてくださいと強調します。かといって見守っていないと、いつ咲いたかわからなくなってしまう。

 

虫がついたらちょっとパパッと払ってあげるくらいでいいんです。あんまり過干渉すると、うまくいきません。

 

――大器晩成の例もありますよね。

 

鈴木 

きんさんぎんさんなんて、100歳になって咲いたじゃないですか。

 

それまでは愛知県に住んでいる普通のおばあちゃんだったのに、100歳の双子でCMに起用されて、一気に日本中で有名になった。100歳で咲くような人もいるんです。

 

福祉の世界でよく言うエンパワメント、力を引き出すことですが、エンパワメントするためには待たなくちゃいけないときもあるんです。

 

見つけようと思ってもなかなか見つからない。何となく力を抜いてぽっとしている時に「あっ、俺これやりたかったんだ」と気づいたりする。

 

全力でやっているときよりも、ふっと力が抜けてリラックスしたときにぱっと思い浮かぶ。努力することは必要だと思います。でも力を抜いてリラックスしていないと、そういう思いつきは生まれないんじゃないでしょうか。

 

ジュン
「早く咲け」というプレッシャーに苦しんだ鈴木さん自身の体験が、この理念の土台になっています。

花の比喩は単なる言葉遊びではなく、待つことの大切さ、過干渉の危うさを伝える実感のこもったメッセージ。

エンパワメントには「待つ時間」が必要だという指摘も、支援に携わる人にとって大切な視点だと感じました。

 

失敗を語り、支え合う当事者会運営

 

――当事者会でのアドバイスについて、気をつけていることはありますか。

 

鈴木 

よく当事者会にいらっしゃる方で、ついついアドバイスの押し売りをする人がいるんです。「僕はこういうので悩んでるんですよ」という人がいたら、「これこれこういうふうにやったらいいよ」と自分の経験を言いたくなる。

 

でも、それがその人にとって良いか、その人に当てはまるかというと、なかなかそうではない。

 

だから当事者会での約束として、聞き手についても寄り添うというか、「僕はこういうことがあって、それについてはこういう感じで解決したんですよ」という事例を話す程度にしています。「あなたはこうしなさい」とは言わないようにしています。

 

特に私は失敗事例をよく話します。みんなついつい成功事例は言うけれど、失敗事例は言わないでしょう。

 

私はあえて失敗を話すんです。そうすると「なんだ、鈴木さんも失敗してるんだ」と、みんな逆に安心して聞いてくれます。

 

――誰でもそうですが、失敗があってこその人生ですからね。

 

鈴木 

私は一度どん底まで落ちました。手持ちのお金が20万円ちょっと、服が数着と本当に布団とトイレットペーパーしかない、アパートの一室からスタートしたことがあるんです。

 

そういう中でも、どうにか這い上がってこれたよという話をします。

 

みんないろんな経験をされて、つらい状況を抱えている人がいっぱいいるじゃないですか。そういう人に「ずっとその苦しいどん底が続くわけじゃないよ」と伝えています。

 

花に例えましたけど、猛暑の夏も、ずっと夏なわけではない。寒い冬だってずっと冬のわけではない。

 

春夏秋冬があって、つらい時期もあるけど、春には花がいっぱい咲いている。秋にはいろんな実がなって美味しいものがいっぱいできる。つらい夏や冬を経験しても、その後春や秋という楽しいときもある。

 

「雨降って地固まる」じゃないけど、雨があってもきちんとその後はどうにかなる。逆に雨が降ったがゆえに、いいことも起こるという話をよくします。

 

――今苦しくてもどうにかなるということですね。団体運営で苦労されたことはありますか。

 

鈴木 

一刻の会は、最初は特に周りと連携せず、本当に私1人でずっと頑張ってきました。ですが、当事者会の運営ってどうしてもお金がかかります。大金はいらないのですが、会場を借りるのに、安くてもお金が必要です。

 

私はずっと長年、医療や福祉の世界にいたので、バーンアウトしていく人、燃え尽きる人を見てきました。「こうやらなくちゃ」と自分が1人犠牲になっていたら、続かないのをよく見てきたんです。

 

公共の施設だと1000円2000円ぐらいで済むのが、確実に場所を確保しようとすると何千円かかるようになる。それで私1人でずっと負担していたんですが、やっぱり大変だなと。

 

参加費を値上げしたら、働いている人は来れるけど働いていない人が来れなくなってしまいました。

 

――どうやって解決されたのですか。

 

鈴木 

たまたま知り合いの人に話したら「社協に相談してみたら」と言われて、社会福祉協議会に相談に行きました。そうしたら「助成金がありますよ」という話を聞いて、応募したら通ったんです。それはすごくありがたかったです。

 

それ以来、社協とは協力していろんなことをさせていただいています。

 

あとは、昭和医科大学の方々のご協力も本当にありがたくいただいています。私が土曜クラブで教わったことを何かやりたいと話したら、いろいろとアドバイスをいただいて、アイディアももらいました。

 

――今後どのようなことをやりたいかなどありますか?

 

鈴木 

まだ確定ではないのですが、今、常設の居場所を作りたいなと思っています。

 

高田馬場のNeccoカフェとか、世田谷のコモリナとか、当事者会がある場所で、喫茶店の居抜き物件がたまたま近くにあったんです。そこを何とか常設の居場所として使いたいなと考えています。

 

時間や曜日によって、この日はSLDの子どもの塾、この日は大人の発達障害の人の居場所サードプレイスみたいな感じで、使い分けができたらいいなと思っています。

 

ジュン

失敗談を積極的に語る姿勢、そして「1人で抱え込まない」運営への転換。

どちらも当事者会を長く続けるための知恵だと感じました。

 

助成金や連携先との出会いも、声を上げたからこそつながったもの。

孤立しないことの大切さは、参加者だけでなく運営側にも当てはまるのだと気づかされます。

 SLD支援と「人間の進化」という視点

――SLD(学習障害)支援に特に力を入れているとお聞きしました。

 

鈴木 

書籍でもアスペルガーの人向けの書籍とか、ADHDで忘れ物をする人向けの書籍はいっぱいあります。でも意外とSLD、学習障害系の書籍って少ないと常々思っているんです

 

今、私は普段放課後等デイサービスで働いているんですが、SLDの傾向があるお子さんって結構多いです。

 

程度の大きい小さいはそれぞれありますが、みんな親や先生から指摘されている。ただ、どうやったらいいのか何を見ても書いていない。だから喫茶店を借りられたら、SLDの塾を開きたいなと思っています。

 

――ICT機器の活用についてはどう考えていますか。

 

鈴木 

SLDのお子さんにも言いたいんですが、別に漢字が書けなくても、スマホとかタブレットとかパソコンとかがある。あれはもう筆記用具だと思っているんです。鉛筆とかボールペンと変わらない。

 

今、小学校ではパソコンを持ち込もうとすると、「合理的配慮」を理由にいろいろ言われたりする。でも私がいろんな学会に出ると、学会ではみんな持ち込んでいるじゃないですか。先生の話を聞きながらパソコンをカタカタ打っているでしょう。

 

もうパソコンとかスマホとかタブレットはもう筆記用具なんです。鉛筆とかボールペンと変わらないんです。

 

書くのが苦手な子は、タブレットとかスマホとかでキーボードを打ったり、場合によっては音声入力で話したり、書く手段を持てばいいと思っています。

 

昔、私の世代だとシャープペンシル、カチカチってやるやつ、小学生のときに怒られたじゃないですか。

 

江戸時代は筆と墨と紙がなくちゃいけなかったでしょう。それが今、鉛筆になったりボールペンになったりして、墨をすることをしなくて済むように。もうそれは単純に時代の流れだと思います。

 

――発達障害を「人間の進化」として捉えているとお聞きしました。

 

鈴木 

私は発達障害自体が人間の進化なんじゃないかとよく言っているんです。昭和医科大学烏山病院でも講演させてもらいましたが、発達障害の人って得意不得意のでこぼこが大きいでしょう。

 

昔の恐竜が繁栄したときに、多分最初は小さなトカゲみたいなものだったのが変化しました。海に入ったやつはモササウルスって泳いで魚をバクって食べる恐竜に進化した。

 

ティラノサウルスなんかは他の恐竜をバクって、その強い顎や牙、走る力もあって、肉食の恐竜に進化したわけでしょう。中にはプテラノドンみたいに空を飛ぶ恐竜も出てくる。

最初は同じだったのが、いろんな得意不得意が出てきて、いろんな恐竜になったわけです。

 

人間も単純に「人間」というのが、それぞれ得意不得意がきっと出てきて、いろんな人間に進化するんじゃないかと思っているんです。

 

――鈴木さんご自身もSLD的な要素があったとか。

 

鈴木 

正直、私自身も国語の成績がすごく悪かったんです。他は結構高かった。算数とか理科とか社会はすごく良かったんだけど、国語だけは全然ダメでした。

 

作文の宿題が出ても、私はずっと段落って何だかよくわからなかったんです。だから、1文書いて句点を打ったら、もう次から1個空けて、またもう1文書いて句点を打って、次またまず1個あけてと、段落だらけになっていました。

 

今考えれば、私もSLDの要素はあったんだろうなと思います。

 

ただ私は逆に、算数はとっても楽しくやっていました。私にとってはクロスワードパズルとか間違い探しをやるように、算数や数学の問題がすごく楽しかったんです。

 

――それぞれの得意を活かせばいいんですね。

 

鈴木 

プロ野球の選手だって野球で飯を食っているから、あの人たちに他の能力を求めないでしょう。

 

日本人って全部を平均的にという考えがある。私だったら国語が悪いと「あなたはこの国語悪いのをどうにかしなさいよ」と言われるわけです。

 

でも、国語がダメなら他の社会や理科、算数で飯を食う方法を考えればいいわけです。みんな、それぞれの得意で飯を食ったり勝負をしたりすればいいと思うんです。

 

花の話じゃないけど、親が「あなたこうしなさい」と言ったって、それぞれの咲く時期があったり、咲く場所があったり、それぞれなんだから、無理やりやらせるのはダメです。

 

――最後に、当事者の方へメッセージをお願いします。

 

鈴木 

とにかく言いたいのは、「1人じゃないよ」ということです。多分みんなつらい思いをしている人が多いと思う。でもとにかく1人じゃない。

 

シスターの渡辺和子さんが「置かれた場所で咲きなさい」という本を書いています。

 

本当に花の種って自分で選んで「ここがいい」と言って咲いているわけじゃないじゃないですか。たんぽぽの種って風に飛ばされて、たまたまそこにポンと落ちて、そこで咲かざるを得ない。

 

生まれた家も選べないし、家がお金持ちか貧乏か、東京とか大阪みたいな大都市か田舎か、選べない。環境も選べない。

 

人間の体も本当にそうで、生まれつき手足がない、目が見えない、耳が聞こえない人もいる。生まれつきでなくても、たまたま交通事故でそうなった人もいるでしょうから。

 

でもみんな、望んでなっているわけじゃないでしょう。もう元には戻れないわけだし。

 

みんなそれぞれ違う生きづらさを抱えているけど、悩んでいるのはあなた1人じゃないよって。もうとにかく、当事者会があるんだよと知っていただけるのが一番かなと思います。

 

ジュン

ICT機器を「筆記用具」と捉える視点、発達障害を「進化」として捉える視点。

どちらも苦手を責めるのではなく、得意を活かす発想への転換を促してくれます。

「平均的であれ」という圧力に苦しむ人へ、「それぞれの得意で勝負すればいい」というメッセージは、大きな励ましになるのではないでしょうか。

 編集後記

一刻の会の活動を通じて見えてきたのは、診断の有無にとらわれない、真に開かれた支援の形でした。「それぞれの花にはそれぞれ咲く時期がある」という理念は、単なる美しい言葉ではなく、鈴木さん自身の苦い経験から生まれた実感のこもったメッセージです。

 

特に印象深かったのは、失敗談を積極的に語ることの重要性。成功事例ばかりでは参加者にプレッシャーを与えてしまう。しかし失敗談を共有することで「失敗してもいいんだ」という安心感が生まれ、参加者同士の共感が深まります。

 

SLD支援への強い思いも重要な視点でした。ICT機器を「筆記用具」と位置づける考え方は、時代の変化に即した合理的配慮のあり方を示しています。

 

発達障害を「人間の進化」として捉える視点も興味深いものでした。多様性こそが種の繁栄につながるという生物学的な視点は、「みんな同じでなければならない」という画一的な価値観への強いアンチテーゼとなっています。

 

常設の居場所づくりが実現すれば、より多くの人が「1人じゃない」を実感できる機会が増えることでしょう。この記事が、生きづらさを抱える方々と一刻の会をつなぐきっかけになれば幸いです。

 団体情報

発達障害当事者(児)会 一刻の会

 

– 所在地:東京都東久留米市

– 設立:平成30年(2018年)

 

主な活動

 

– 当事者会:月2回程度(平日夕方および土日祝日に開催)

– 家族会:月1回、平日午前(10:00〜12:00)

– SLD親の会「たんでむの会」:月1回程度、主に土日祝日開催

– 発達障害専門プログラム「大人の療育セミナー」(主催:株式会社 一刻の会)

 

参加対象

 

発達障害(ASD・ADHD・SLDなど)の診断の有無を問わず、生きづらさ・働きづらさを抱える大人の当事者、グレーゾーンや自称発達障害の方、およびそのご家族。

 

連携・支援など

 

– 東久留米市(後援)、東久留米市社会福祉協議会「歳末たすけあい募金 地域福祉活動補助金」対象事業

– 昭和医科大学烏山病院(旧 昭和大学附属烏山病院)の発達障害専門外来・家族会「東風の会」との講演等でのつながり

 

今後の展望(代表談)

 

– 喫茶店の居抜き物件を活用した「常設の居場所」づくり

– SLD専門塾の開設

– 時間帯・曜日によって異なる用途での居場所の活用

 

メッセージ

 

「1人じゃない」「それぞれの花にはそれぞれ咲く時期がある」

 

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久田 淳吾

発達障害(ADHD・ASD)と吃音を抱える40代男性。今まで発達障害の事は知らずに生きてきたが、友人の話を聞いて自分にも当てはまる事が多すぎる事を実感し、病院にて診断を受けると見事に発達障害との認定を受ける。自分に何ができるかと考えた時、趣味の写真でプロの先生に話を聞く機会があり、吃音が強く出ていたことに気がついた先生が『君は吃音持ちだね。だったら吃音の方の気持ちがわかるはず。それを活かして吃音の方の気持ちがわかるカメラマンになったらどうか』という言葉を思い出し、発達障害者として同じ気持ち、舞台に立てる人間として趣味のカメラ、動画編集技術を活かして情報発信をする事を決意。
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