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移乗介助のリハビリにも|自立支援型立位介助ロボット『すくっとたてる君』開発背景

淡いグレーの背景の中央に、黒い文字で大きく「自立支援型立位介助ロボット『すくっとたてる君』開発の背景」と書かれている。 その上には黒い帯に白文字で「持ち上げない介護」で変わる現場、という見出しがある。 右側には白と水色を基調とした介助ロボットのイラストが描かれ、立ち上がりをサポートする形状が示されている。 全体として、介護の負担軽減や自立支援をテーマにしたスライドのタイトル画像。

介護現場の人手不足と利用者の自立支援。

 

この課題に挑む自立支援型立位介助ロボット「すくっとたてる君」。

 

開発元である有限会社あいネット、株式会社ぎんのコンシェルジュの代表である中川様に、「持ち上げない介護」の理念を伺いました。

介護現場にはどんな課題があったのか?

――まず、株式会社ぎんのコンシェルジュについてご紹介いただけますか。

 

――中川様(以下敬称略)

まず、ぎんのコンシェルジュを紹介する前に、有限会社あいネットという会社があります。23年前に訪問介護事業所として立ち上げた会社です。

 

私自身もヘルパーとして現場で働きながら運営してきました。小規模多機能型居宅介護なども展開し、事業が広がってきました。

 

株式会社ぎんのコンシェルジュは、その中の一つの事業として立ち上げた会社です。これからの世の中で高齢者が増えていく中、楽しく暮らしていただくための企画や研修事業、介護事業のサポートなどを行っています。

 

――今回のメインテーマである「すくっとたてる君」について、まず概要を教えていただけますか。

 

――中川 

この「すくっとたてる君」開発のベースになったのが、当社で10年以上前から取り組んできた「力を入れない介護技術」です。この介護技術を広めようと研修活動を続けてきたのですが、なかなか普及が進みませんでした。

 

介護現場は人材不足で疲弊していて、研修を受ける余裕がなかったのです。それでも、この技術は広げていきたいという思いがありました。

 

一方で、これまで様々な介護関連の展示会で見てきた介護ロボットは、全て「持ち上げる」「引っ張る」「吊り下げる」といったものばかりでした。

 

私たちがやってきた「力を入れない介護技術」は、利用者さんの持っている力をしっかり生かす技術です。しかし、そういうコンセプトのロボットがありませんでした。

 

ジュン
23年にわたる介護現場での経験と、10年以上の研修活動。

 

その中で培われてきた「力を入れない介護技術」が、今回のロボット開発の原点となっています。人材不足という現実的な課題と、利用者の能力を活かすという理念。

 

この二つをどう両立させるか。その答えを機械化という形で実現しようとする挑戦が、ここから始まったのです。

 

利用者の自立を助けるリハビリツール

――確かに、福祉機器というと介助者の負担軽減が主な目的というイメージがありますね。

 

――中川 

そうなんです。言い方は悪いかもしれませんが、今あるロボットは全て、利用者さんを横に置いて、介護する人が楽になればいいという形です。

 

でも、それはちょっと違うのではないかと思うんです。利用者さんは物ではありません。持ち上げるものでも、吊り下げるものでもありません。

 

利用者さんが自分の体を使うことで、しっかり立てるようになり、動けるようになれば、元気になれるわけです。しかし、物のように扱ったら、だんだん寝たきりになってしまいます。そういう世の中はよくないですよね。

 

――おっしゃる通りですね。

 

介護業界の人材不足は深刻です。しかし、便利な機械に頼るだけでは、介護事業者側の都合だけになってしまいます。

 

力を入れない介護技術をロボットで実現

――中川 

そうですね。やはり目指すものは、利用者さんにとっても職員にとっても必要なもの。どちらか一方ということではないと思うんです。

 

現状のロボットを使えば使うほど、利用者さんの力は使わないので、足腰が弱くなってしまいます。そこで、ロボットで「力を入れない介護技術」を実現できないかと考えました。

 

機械がサポートすることで、利用者さんの自立支援につながり、リハビリのツールになる。こうして開発に取り組むことにしました。

 

――単に「助ける」のではなく、「自立を助ける」ということがメインテーマなのですね。

 

――中川 

その通りです。ベッドから車いすに移るときも、自分の足で立ち、自分の力で動く。そうした動作を一つ一つ行うことで、その人に力がついていきます。

 

開発の理由の一つに、どんな方でも日中はトイレで排泄していただきたいという思いがあります。一人で介助する場合、立ち上がって、ズボンを下ろすという動作に二人必要な方もいます。

 

そういう方は、夜間の泊まりで一人体制だと介助できないため、おむつで排泄してもらっているという現実があります。

 

でも、誰も日々の中でおむつで排泄なんかしたいわけじゃないんです。この機器があれば、夜間でもトイレで排泄できるようになる可能性があります。24時間、どんな時間であっても、その人がトイレで排泄できる。それが実現できれば、尊厳も保たれます。

 

ジュン
「介護者が楽になるため」ではなく「利用者が自分らしく生きるため」。

 

この視点の転換こそが、「すくっとたてる君」の最大の特徴だと感じました。

 

トイレでの排泄という、私たちが当たり前だと思っている日常の尊厳。それを24時間守ることができれば、利用者の方々の生活の質は大きく変わるはずです。

 

機械に頼ることで人が弱くなるのではなく、機械が人の力を引き出す。そんな新しい福祉機器のあり方が、ここに示されています。

 

正しい動作の反復がもたらす効果とは?

――開発中の「すくっとたてる君」によって、身体機能の回復だけでなく、自尊心の向上にもつながることを期待されているわけですね。

 

 

――中川 

そうです。簡単に立てるということもありますが、それ以上に、正しい立ち方を何回も繰り返しできるということが重要なんです。

 

例えば、高齢者でよくおられる大腿骨頸部骨折をされた方今は90歳を過ぎても手術はしてくれます。ただ問題なのは、その後寝たきりになるのか、しっかり動けるのかということです。

 

それは、その人がちゃんと正しい形での立ち座りをすることが重要なのですが、これは介護職員でも、やり方が人によって変わってくるんです。機械の場合は同じ動きで、同じようにサポートしてくれます。

 

想定している使い方としては、朝10回立ち座りしましょうか、昼間ちょっと時間があるなら巡回時にまた立ち座りしましょうかと声掛けしていただいて、それを繰り返すことで早く筋力をつけていただき、歩けるようになっていただく。

 

歩行器であってもいいんです。そういうのを目指しています。介護度を上げていくんじゃなくて、その状態を維持しながら、その人らしく暮らすお手伝いができるのではないかと考えています。

 

――機械だからこそ、正しいフォームで反復訓練ができるということですね。人間が介助すると、どうしても個人差が出てしまいますから。

 

――中川

その通りです。ただ、現在はまだ市販化の前段階なんです。今回展示させてもらったのはデモ2号機で、正直に言えば、完成品として完璧かと言われたら、まだ課題はたくさん持っています。

 

目標としては、私が手本になるぐらいなので、私を基準に、そのロボットが同じ動きができるのであれば達成という形にしているんです。

 

そういうレベルに到達すれば、本当に力を入れずに立ってもらえるし、座るという行為も繰り返しできるのではないかと考えています。

 

ジュン
人の手による介助では、どうしても個人差が出てしまう立ち上がり動作。

 

それを機械が「正しいフォーム」で何度も反復することで、リハビリ効果を最大化できる。この発想は、まさに目からウロコでした。

 

朝10回、昼にまた10回と、日常生活の中で自然にリハビリができる環境。大腿骨頸部骨折後の高齢者にとって、これは寝たきりと自立の分かれ道になるかもしれません。

 

まだ試作段階とはいえ、その可能性の大きさを感じずにはいられません。

 

「力を入れない介助」を理解してもらうまでの道のり

――開発過程で苦労された面はありますか。

 

――中川 

私たちは介護事業所なので、ロボットの会社ではありません。今回は事業再構築補助金を活用させてもらっているので、限られた時間の中で作っていただける、試作品を作っていただける会社に依頼をして作っています。

 

今回、公募が採択されたのが2025年3月で、最初の展示が2025年10月1日でした。6ヶ月で作るというのは、通常では難しいですよね。

 

デモ機を作ってくれたのは株式会社ロボデザインさんという会社なのですが、本当によくやってくださったなと思います。

 

動きの指定や構造の基本的な指定は私がしましたが、それに合わせて作っていただけたのは、ロボデザインさんのおかげです。社長ご夫婦で二人で取り組んでいただいて、本当によくやったなという世界です。

 

――データもまだ少ない中で、試行錯誤の連続だったのですね。

 

人が立ち上がるときに力がいらない

――中川 

そうです。最初に作ったものは全然ダメでしたからね。これではダメだよねというところから始まりました。

 

一番難しかったのは、設計される方に、人が立ち上がるときに力がいらないと言っても、誰も信じてくれないんですよ。

 

どうしても設計をされる方や機械を作られる方からしたら、疑問ですよね。ただ、それをその人たちに身をもって体験してもらって、動きの説明、軌道の説明をしていく。まず、全くそういうことをわからない方に説明するところから始まりました。

 

――確かに、若い方や健常者の方は立ち上がりに苦労したことがないので、どういうサポートが必要かというのがピンと来ないかもしれませんね。

 

――中川 

それはあると思います。今回、幕張メッセに来られた方(「介護・福祉EXPO【東京】」2025年10月1~3日)の中に、ロボット開発のコンサルティングをされている方がおられました。

 

「私たちが構想して作りたかったものがこれだと思いました」とおっしゃっていましたが、実際には他社で作ろうとすると全然違う形になっているそうです。現場の理想と実際に作る方の理解のすり合わせは本当に大変でした。

 

私たちがこれをできた理由の一つは、先ほど言ったように、「力を入れない介護技術」を長年説明してきた経験があったからです。

 

特に良かったのは、京都のシルバー人材センターに登録されている方々、200人、300人の方に立ち上がりの仕方を教える研修をさせてもらっていたことです。

 

1回で20人ぐらいの方にずっと教えていくんですけど、わからない人にわかるように教えるという経験が、教え方の工夫につながりました。

 

バイオメカニクスの理論にたどり着けたのも、そういう経験があったからだと思っています。人は物ではないので、必ず立ち上がるときの動き自体は、どんな方でも同じなんです。

 

そこをサポートする正しい軌道で動作を誘導してあげる。そういうことを説明できたのが、今回の開発に役立ちました。

 

――最初からの思想として、単純に機械が便利だからという理由ではなく、利用者の自立支援が第一にあったわけですね。

 

――中川

その通りです。

 

ジュン
「力を入れない介護」。健常者にはなかなか理解しにくいこの技術を、設計者に伝える苦労。

 

6ヶ月という短期間でのデモ機開発。そして何より、介護事業所がロボット開発に挑戦するという前例のない挑戦。これらすべてが、この開発プロジェクトの困難さを物語っています。

 

しかし、京都のシルバー人材センターでの研修経験が、「わからない人にわかるように教える」力を育んでいた。このエピソードには、現場発のイノベーションの強みが凝縮されていると感じました。

 

机上の理論ではなく、現場で磨かれた知恵が、新しい技術を生み出していくのです。

 

世界でも希望が持てる介護現場を目指して

――今後の展開について教えていただけますか。

 

――中川

今は2号機、3号機は現在の構造なのですが、4号機から6号機に関しては構造も若干変えて、軌道をより正しいものにしていきたいと思っています。

 

今回の2号機でも正しい軌道に近いのですが、軌道自体がまだ若干甘かったので、4号機から6号機でちゃんとしたものにして、本格的に評価していきたいと考えています。

 

評価するとともに、私たちは介護の会社なので、作る知識も工場も持っていません。ですから、同じような思いで作っていただける協業先の会社を探しています。それができたら、まずは日本国内で評価していただけるような形で広げていきたいと思っています。

 

――やはり様々な業界や企業との連携が重要になってきますね。

 

――中川 

そうですね。使っていただいた上で、実は今回、中国や東南アジアの方々が非常に興味を持たれていて、「中国で売らないのか」という話もあったのですが、それは順番としてはまず国内からという話をさせてもらいました。

 

ニーズは日本だけではなく、他の国にもあるのだなというのは感じています。

 

――高齢化や介護の悩みは世界共通ですからね。

 

――中川

今までになかったというのも、すごくインパクトがあったようです。

 

――やはり、福祉機器というと、単純に介護事業者や介護する側が楽をするためのものというイメージが強かったと思いますので。

 

――中川 

そうなんです。でも、利用者さんがその機械を使ったら、かえって寝たきりになってしまうなんて、そんなことは絶対にダメですよね。

 

機械を使っても元気にならないといけないのに、自分の力を使わないために持ち上げたり引っ張ったり吊るしてあげたりしたら、力を使えません。

 

それを繰り返すことによって、体が弱って立てなくなって寝たきりになってしまう。それは違うなというのは、すごく思います。

 

――今回の取り組みは、本当に単純に人を助けるのではなく、人の自立を助けることがメインですね。

 

――中川 

もちろんです。介護保険でも言われている「自立支援」「重度化防止」というのは、やはり一つの大きなテーマですから。

 

――最後に、この記事を読んでくださる読者の皆さんに一言お願いします。

 

――中川 

できるだけ早くこの製品を完成させ、提供できるようにしますので、完成した際には、ぜひ現場で活用していただきたいと思っています。

 

本当に、これは必要になるものだと信じて開発を続けています。画期的な、今までにないものです。一日も早く実用化して普及させ、介護現場(私も介護職員としてやってきましたが)利用者も介護者もみんなが明るく希望が持てるようになるよう、全力で取り組んでいきます。

 

ジュン
国内での評価を優先しながらも、すでに中国や東南アジアからも注目を集めているという事実。

 

それは、「持ち上げない介護」というコンセプトが、国境を越えた普遍的な価値を持っていることの証明かもしれません。

 

4号機から6号機での改良を経て、より精度の高い動作軌道を実現していく——その先に、協業先企業との出会いがあり、本格的な実用化が待っています。

 

「利用者も介護者もみんなが明るく希望が持てる」その日は、そう遠くないのかもしれません。介護保険の理念である「自立支援」「重度化防止」を、真の意味で実現する製品として、今後の展開が大いに期待されます。

 

すくっとたてる君のインタビューを終えて

今回の取材を通じて、強く心に残ったのは、「利用者の自立支援」という明確な理念が開発の核にあるということでした。

 

既存の介護ロボットの多くが介助者の負担軽減を主な目的としているのに対し、「すくっとたてる君」は利用者自身の残存能力を最大限引き出すことを何よりも大切にしています。

 

「力を入れない介護技術」を10年以上研究し続けてきた現場経験が、このロボット開発の確かな土台となっているのです。単なる技術開発ではなく、現場で培われた知恵を機械化することで、誰もが正しい動作支援ができる環境を作り出そうとしている。その姿勢が、本当に画期的だと感じました。

 

試作~デモ機の段階から課題を率直に語る開発者の姿勢にも、深い誠実さが感じられました。介護現場と利用者、双方の尊厳を守りながら、真に必要とされる福祉機器を作り上げようとする挑戦は、これからの福祉テクノロジーが進むべき方向性を、私たちに示してくれているように思います。

 

取材を終えて、改めて思うのです。技術は人を楽にするためだけではなく、人が人らしく生きるために存在するのだと。「すくっとたてる君」の実用化を、心から楽しみにしています。

 

団体・製品情報

製品名
自立支援型立位介助ロボットすくっとたてる君

 

開発・製造元
有限会社あいネット
所在地: 奈良県天理市東井戸堂町372-1
電話: 0743-68-1513

 

企画・研修事業
株式会社ぎんのコンシェルジュ
事業内容: 高齢者向け企画、介護研修事業、介護事業サポート

 

製品開発協力
株式会社ロボデザイン

 

事業背景
事業再構築補助金を活用し、2025年秋に試作機を初公開。全国の介護・福祉関連展示会(幕張メッセ、大阪、名古屋、福岡)でデモ機の体験展示を実施中。現在、4号機以降の開発を進めており、協業先企業を探している段階。

 

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久田 淳吾

発達障害(ADHD・ASD)と吃音を抱える40代男性。今まで発達障害の事は知らずに生きてきたが、友人の話を聞いて自分にも当てはまる事が多すぎる事を実感し、病院にて診断を受けると見事に発達障害との認定を受ける。自分に何ができるかと考えた時、趣味の写真でプロの先生に話を聞く機会があり、吃音が強く出ていたことに気がついた先生が『君は吃音持ちだね。だったら吃音の方の気持ちがわかるはず。それを活かして吃音の方の気持ちがわかるカメラマンになったらどうか』という言葉を思い出し、発達障害者として同じ気持ち、舞台に立てる人間として趣味のカメラ、動画編集技術を活かして情報発信をする事を決意。
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