「地方には、埋もれたままの技術や人の力が、まだたくさんある」
「障害のある人と一緒に働きたいけれど、どこから始めればいいのか分からない」
そんな思いに、心当たりのある方も少なくないのではないでしょうか。
岡山県瀬戸内市・牛窓の海沿いに、創業から約80年になる印刷会社があります。フジイ印刷株式会社。
社員9名のこの会社は、2022年度に経常損失10%という経営危機に直面しました。
それでも三代目・藤井聡さんは廃業を選ばず、DX(デジタル化による業務の立て直し)で再起を図ります。
その結果、月間のWebアクセスはおよそ8.6倍、問い合わせは300%増え、2025年度に黒字化を達成しました(いずれも同社発表, 2026年5月)。
けれど藤井さんが見ているのは、自社の回復だけではありません。
「同じ悩みを持つ全国の製造業に、自分たちが実証したツールを届けたい」。そしてその挑戦は、障害のある人が地方の会社を支える担い手になるという、新しい働き方の話へとつながっていきます。
今回は、DXと、障害のある人の就労、そしてその奥にある「武術の哲学」が、一人の経営者の中で結びついた物語をお届けします。
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「継ぐか、潰すか」衰退産業に、あえて飛び込んだ
本来は叔父が継ぐ予定でしたが、体調を崩して退くことになり、藤井さんに白羽の矢が立ちます。
「父からは『継いでくれ』とは一切言われませんでした。印刷業、特に事務印刷はパソコンが普及した頃からずっと衰退してきた業界です。子どもを無理に入れようという気持ちは、なかったと思います」
別の製造業で営業をしていた藤井さんは、「会社を継ぐか、潰すか」という選択を迫られます。
「人生は1回しかない。だったら経営者をやってみようと思って、家業に戻ることにしました」
衰退産業と知りながら飛び込んだのは、諦めではなく意志でした。
「そこでなんとかできたら、働いている人のためにもなる。地域のためにもなる。自分の刺激にもなると思っていました」
三代目・藤井聡さん
DXは戦略ではなく「やむにやまれず」だった
藤井さんにDXを進めてきた理由を聞くと、意外な答えが返ってきました。
「DXはどちらかというと、やむにやまれず、というところがあって。全部、必要に迫られて覚えてきた感じです」
最初の転機は、大手ベンダーの基幹システム(会社の受注・請求などを支える中心的な仕組み)の契約更新でした。
サーバー費用だけで200万円という見積もりが出て、小規模な会社には払えない。そこで知人の経営者に教わったソフトを使い、個人の開発者とともに自社の基幹システムを一から作り上げました。
固定電話も、クラウド型に切り替えて外出先で会社の番号を受けられるように。メールも、どこでも確認できる体制に整えました。
「朝、自宅を出て45分かけて牛窓の会社に来て、印刷物を積んで岡山市内へ営業に出る。でも事務処理は会社に戻らないとできないから、また45分かけて帰ってくる。通勤と移動だけで、3時間近く無駄にしていたんです」
一つずつ「やむにやまれず」積み上げた結果、コロナ禍より前に、社員がどこにいても仕事ができる体制ができあがっていました。
80年で残ったもの|活版印刷の逆転劇
ペーパーレスが進むなかで、何が残ったのか。藤井さんの答えは静かでした。
「残した、というより、残った、という方が正しいと思います」
分散して記録する伝票類は、紙の方が費用対効果が高い。封筒も、インボイス制度(適格請求書の仕組み)の関係で紙の需要がまだある。
そうした隙間で、会社は生き延びてきました。
そして、意図して「残した」ものもあります。祖父の代に買った、60年以上前のドイツ製の活版印刷機です。
「東京ではデザイナーさんに好まれる、凹凸のある印刷として需要があると、10年ほど前に知って。それを復活させて、エンボス加工という技術へ少しずつ広げているところです」
かつて台風で会社が80センチ浸水したとき、コピー用紙はボロボロになったのに、カーボン紙だけは残った。
「紙の素材によっては、災害に強いものがある。そんな発見もありました」と藤井さんは笑います。
衰退産業のなかで、捨てるものと守るものを見極めてきた。その眼が、次のDXにも生きています。
現場は「喋るだけ」。AIで、技術を言葉にする
経営危機のさなか、藤井さんは情報発信の力を目の当たりにします。
活版印刷の復活を広めようにも、岡山に需要はなく、営業の人手もいない。ネットで発信する以外に方法がありませんでした。
知人に教えを乞いながら、コラム記事を書き続けたところ、変化が起きます。
「それまで問い合わせがゼロだったのが、週に2〜3件来るようになったんです。こんなに変わるのかと驚きました」
しかし、AIが検索結果を要約して表示するようになり、キーワードを詰め込んだだけの記事はクリックされにくくなっていきます。
かといって、中身のある記事を書き続けるだけの人手は社内にない。とくに、ものづくりの現場で働くスタッフに「記事を書いてください」と頼むのは、簡単ではありませんでした。
そこで生まれたのが、「喋るだけ」で情報発信ができる仕組みです。
「現場の職人がスマートフォンに5〜10分話しかけるだけで、AIが一次情報として記事に仕上げてくれる。Web記事・コラム・PDF資料・動画・SNS投稿文など、複数の営業資産が一括で生成されるんです」
これが「AIコンテンツファクトリー」。今では毎朝8時20分からアイデアミーティングを開き、製造部門も含めた全スタッフが情報発信に関わる体制をつくっています。
「自社でもできるんだ、ということを証明したかった。それがこのサービスをつくった理由です」
→ AIコンテンツファクトリーの詳細はこちら
「全員で賃上げを目指す」ためのシステム
情報発信という攻めだけでは、会社は続きません。藤井さんが同時に取り組んできたのが、経営管理という守りです。
自作の基幹システムから始まったDXは、「PSI VISION(サイビジョン)」というクラウド型の経営管理システムに結実しました。
見積・請求・工程管理・在庫・勤怠までを一つにまとめられる、中小の製造業向けの仕組みです。
その核心にあるのは、「時間付加価値」の見える化。1時間の労働で、どれだけの価値を生み出しているかを、リアルタイムで把握する考え方です。
「たとえば時間付加価値が4,000円で、その半分を人件費に回せるなら、時給2,000円換算になる。それを500円上げたら年収でどれくらい増えるか、掛け算すればわかる。それをみんなで共有して、賃金を上げていける体制をつくりたかった」
経営の数字を「経営者だけが見るもの」にしない。従業員全員で共有する、透明な経営。
PSI VISIONは、管理のためのシステムではなく、「全員で賃上げを目指すための仕組み」として設計されています。
そして、この「全員で」という発想は、やがて社外との協働へと広がっていきます。
→ PSI VISIONの詳細はこちら
渡りに船|障害のある人と、地方の会社をつなぐ
AIコンテンツファクトリーを他社にも広げようとしたとき、藤井さんは壁にぶつかります。
「私ともう1人しか対応できる人間がいなくて。横展開するとなったら、質問が山のように来る。絶対に無理だと思っていました」
そこで出会ったのが、株式会社Nextwel(ネクストウェル)が取り組む、障害のある人が担うDX人材の仕組みでした。
(Nextwelは、この福祉情報サイト「WelSearch」を運営している会社でもあります。)
藤井さんとウェルサーチ編集長の日野
「DX専門の障害者就労というジャンルがあること、しかも賃金をきちんと払える仕組みになっていると知って、素晴らしいと思いました。リモートが前提であることも、地方同士が連携するために必要な条件でした。とてもマッチしそうだと感じたんです」
障害のある人たちが地方の戦力へ
ここで大切なのは、障害のある人が「支えられる側」としてではなく、地方の会社の発信を担う戦力として位置づけられていることです。
都市に出なくても、通勤しなくても、自分のスキルで地域の中小企業を支えられる。そんな働き方が、少しずつ形になりはじめています。
実際、障害のある人がテレワークで最も実感したメリットは「通勤の負担が軽くなったこと」で、その割合は74.7%にのぼります(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の調査, 2023年)。
通勤や対面に負担を感じることがある人にとって、在宅でスキルを活かす働き方は、想像以上に相性がいいのかもしれません。
そして、障害者の法定雇用率は2026年7月から2.7%へ引き上げられました(厚生労働省)。
企業にとって「障害のある人とどう一緒に働くか」は、これまで以上に身近なテーマになっています。
リモートを前提に、通勤なしで専門スキルを発揮してもらう。フジイ印刷とNextwelが示すこうした形は、障害のある人を対等な担い手として迎える、現実的な入り口のひとつになりそうです。
藤井さんは、さらに視野を広げます。
「うわっつらのDXじゃなく、実のあるDX。地方同士が結びついて社会貢献ができる」。
その確信が、藤井さんの言葉に滲んでいました。
「言葉は嘘をつくが、身体は嘘をつかない」i-Keyという探求
今回の取材の縁を結んだのは、総務省が始めた官民連携のイノベーション支援プログラム「異能vation(イノベーション)」でした。
藤井さんが手がける「i-Key(アイキー)」は、この異能vation2025でNextwelから企業賞を受賞しています。
i-Keyは、藤井さんが体系化した自己探求のプログラムです。科学的に効果が実証されたものではなく、あくまで藤井さんが長年続けてきた探究に基づく試みですが、その発想はユニークです。
本当にやりたいことをイメージした瞬間、触れているパートナーの身体が「軽く持ち上がる」。そんな身体の反応を通じて、言葉にできない本心を可視化しようとします。
その背景には、ひとつの「合気」の系譜があります。藤井さんによれば、大東流合気武術家・佐川幸義氏の合気を、理論物理学者の保江邦夫氏がその直門として科学的に探究してきたといいます。i-Keyは、そうした合気研究の流れを汲むものだそうです。
「ポジティブなイメージは相手の身体を軽くし、ネガティブなイメージは重くする。技をかけているときに、乗りのいい人にはかかりやすいという経験から気づきました」
①持ち上げようとしている状態
②すんなりと持ち上がる
藤井さんは、20年以上・のべ200人以上に試すなかで、この現象を多くの場面で再現できる形に近づけてきたといいます。
自分が本当にやりたいことを見つける
惹かれているのは、「言葉にする前の本心」をすくいあげる可能性です。岡山商科大学では、就職前の学生に「この仕事をしたい」とイメージしてもらい、身体の反応を確かめる試みも行われたそうです。
「建前で考えていることと、本音の部分が、瞬時に分かれてしまうんです」
言葉で自分の気持ちを表すことに難しさを感じる人、たとえば知的障害や発達障害のある人のなかにも、そうした場面はあるかもしれません。
そんな人のキャリア支援に、i-Keyを応用できる可能性はあるか。そう尋ねると、藤井さんは答えました。
「そういったところでも、応用はできそうだと思っています」
自分の本心がわからないまま、選択肢を狭めてしまう。自分の才能に、自分で蓋をしてしまう。
そんな人に、言葉以外の入り口から「あなたが本当にやりたいこと」を手渡せるとしたら。
DXと武術が一人の経営者の中に同居しているその奥に、ウェルサーチが大切にしている「希望と選択肢を増やす」という願いと響き合うものがありました。
終わりに|地方から、実のあるDXを
「守りのDXだけではダメで、情報発信に繋がらないと意味がない」。
藤井さんが目指すのは、AIで発信してお客さんとの縁をつくり、PSI VISIONで採算を管理し、賃金をみんなで分け合いながら上げていく、そんな体制を地方の企業と一緒につくることです。
経常損失10%からの黒字化、Webアクセスおよそ8.6倍、問い合わせ300%増(いずれも同社発表)。これは特別な奇跡ではなく、「やむにやまれず」積み上げた実証の結果でした。
そしてその経験は今、全国の中小製造業へ、そして障害のある人の新しい働き方へと手渡されようとしています。
「あなたにとっての当たり前が、誰かの価値になる」。フジイ印刷の挑戦は、その言葉をそのまま体現しています。
もっと知りたい方へ
障害のある人とDXで一緒に働く仕組みを知りたい方へ
福祉情報サイト「WelSearch」を運営する株式会社Nextwelが、障害のある人が担うDX人材の仕組みに取り組んでいます。あわせて、WelSearchの公式LINE@でも情報を発信しています。
フジイ印刷のDXサービス
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ウェルサーチ 障害者・編集チーム
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