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アスペルガーの二次障害で適応障害に!生きづらさを抱えていた過去の私へ。

  • 最終更新日:

私は、20歳のときに適応障害と診断されました。30代になってからアスペルガーだと診断を受け、アスペルガーの二次障害で適応障害となっているということがわかったのです。

 

それ故、これまで周りに理解をされなかったり、片麻痺にまでなってしまったりと、たくさんの生きづらさを抱えて生きてきました。

 

でも今は、新聞ちぎり絵にも出逢い、自分のこの経験のおかげで、同じように生きづらさを感じている人たちの居場所づくりも提供することができるようになったのです。

 

そんな未来が待っていることがイメージできなかった過去の自分に向けてのメッセージを綴りました。

 

同じように今、生きづらさを抱えているあなたにとっても、元気になるメッセージになればと思い、シェアさせていただきます。

アスペルガーと適応障害で希望を持てなかった毎日

人間は平等ではないし、神様はいない。

 

と、自分に対して失望していると思う。

 

自分を信じられず、家族が信じられず家にも居場所がない。

 

職場でも上司や周りともコミュニケーションがうまく行かず、職場にも居場所がない。

 

ただただ自分の居場所を見つけようと必死なんだと思う。

 

その一生懸命さが空回りして、失敗もたくさんした。

 

ずっとずっと
こうしたら受け入れられるのでないか、
こういうことをしたら認められるのではないか、と考えていた。

 

でも、葛藤は覚えなくていい。

 

努力は実を結ぶ

自分なりに様々な努力はしてきた。

 

  • あれもできなかった。
  • これもできなかった。
  • もつとやれるはず。
  • あれもやらなくては。
  • これもやらなくては。

 

と抱え込まなくていい。

 

  • このこともできた。
  • あれもできた。

 

たくさんできたことがある。

 

たくさんの可能性を持って歩んできた。

 

難しいことをひとつひとつ乗り越えられた。

 

一歩一歩歩んできたのは、大きいこと。

 

まだまだ途中だけど、一歩一歩成長になっている。

 

 

だからこそ遠回りしたけれど、自分の居場所をようやく見つけることができた。

 

支援する人、支援される側という関係性ではなく、一緒に切磋琢磨できる大切な仲間もできた。

 

ずっとずっと自分の居場所を求めてきたけれど、今は自分と同じように生きづらさを感じている人たちの居場所作りにもなってきた。

 

だから、大丈夫。

 

なにか不安なことがあったら相談してね。

 

こんな言葉を伝えられるようになったのも、私自身が居場所を見つけられ、今となっては、その居場所作りをすることができるようになったからなのです。

 

アスペルガーでも適応障がいでも居場所がある

障がいある人が常に社会参加できる居場所作りと普及活動

 

これが私のずっと大切にして活動してきました。

 

それはずっと私自身が自分の居場所を求めていたからだと気がついたのは、最近のことです。

 

こどもの頃から生きづらさの背景にアスペルガーという発達障害だったということが後に分かりますが、就労支援などの福祉サービスを受けてきました。

 

若者支援を行っている団体にも大変お世話になりました。

 

舘野
ありのままを受け入れてくれて、命を助けてもらい居場所を作ってくれて、失敗しても何度もチャレンジできる環境を作ってもらえたこと本当に感謝しかありません。

 

 

支援して下さった方々は、本当にたくさんの話を聴いてくれました。

 

私は、納得いくまで同じ質問したり、支援者の方も時間を費やしてくれて、根気も体力もそうとう使ったと思います。

 

当時を振り替えると、家にも職場に居場所もなく、ただただ受け止めてくれる存在が欲しかったのだと思います。例えるなら、壊れたテープレコーダーみたいに、同じことしか考えられることができませんでした。

 

たっぷり依存しすぎていたと今となっては、反省しかありません。

 

舘野
ただ、この経験をしてきたからこそ、今、生きづらさを抱えている方たちに届けられるものがあると思ってます。

 

アスペルガーでも適応障がいでも、障がいを抱えていても助けてくれる人たちは絶対います。

 

あなたの過ごしやすい、居心地のいい環境を見つけて、少しずつ生きづらさを解消できるよう、私もお手伝いできれば幸いです。

 

私の場合、そのきっかけとなったのが、新聞ちぎり絵です。この新聞ちぎり絵のおかげでたくさんの人と出逢い、自分の居場所を作ることができました。

 

 

 

支援する側とされる側も一緒

私もこれまで福祉サービスを利用してきましたが、ずっと気になっていたことがあります。

 

それは、支援する側と支援される側に別れてしまうことです。

 

でも、人と人として対等なはずです。

 

舘野
支援する側、される側とわけることなくお互いに認めあい、個々を尊重していくことが大切なのだと思います。

 

もちろん、当事者として甘えているわけではありません。

 

でも、できないことや時間がかかればできることもたくさんあります。

 

私は目で見てわかる障がいでない為、『何でできないの?』と言われるととても悔しいし、悲しい気持ちになります。

 

支援する側、支援される側がお互いにできないことをお互いに補えたらいいと思います。

 

私が言われて嬉しかった一言

また、手厚い支援してくれた支援者が言ってくれたことがあります。

 

「不登校もひきこもりもいじめもニートも非行も障がいも依存も支援のベースは一緒で孤立させないこと。話を聴くことに徹することに尽きる。

 

話を聞いて肯定して共感し、本人の困りごとを自分だけで抱えず一緒になって考えること。これこそが伴奏支援。あらゆる困難においては本人を孤立させないような仕組みとネットワークを作ることに尽きる」

 

舘野
私もこの言葉にたくさん助けられました。

 

だからこそ、これからこのように、お互いに歩み寄れる社会になっていくことを願って私も活動していきます。

 

アスペルガーと適応障害でも支えてくれた人たちに感謝

このように、私は生きづらさを15年間、生きづらさを抱えて生きてきました。この15年間を振り返ればとてもとても長かったです

 

でも、今となっては全部いい想い出になっています。

 

舘野
だから今、とても幸せなんだ。

 

ありがとう。

 

と心の底から言えるようになりました。

 

だから、あなたも居心地のいい環境を見つけることができれば変わることができて、この15年間、どんな人に支えられたのか伝えたいのです。

 

命を助けてもらって、

居場所作ってもらって、
失敗しても何度も挑戦させてくれて、
自立のための一歩をくれた人達がいるんだ。

 

あなたに幸せな毎日が訪れますように。

 


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舘野智子

舘野智子

アスペルガーの二次障がいで適応障がいと診断される。そして、今も生きつらさを感じながら生活中。車椅子生活を送る時期があったり、手の麻痺が残ったが、ちぎり絵を始めたことで体のリハビリに加え自分にできることが見つかる。作品を見てもらうことで自己肯定感が高まったり、趣味を一緒に楽しむ仲間が増え、社会に踏み出す機会と居場所を見つけることができた。今は、ちぎり絵講師とちぎり絵を通した居場所作りをしている。詳しいプロフィールはこちら→舘野智子


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